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Politics

 

「民意を反映させる振りをして反映させないことこそが真の政治さ。だって民意を反映させてさ、税収が減っているのに年金下げなかったりして国民の負担を大きくしてみなよ。あっという間に国は破たん。年金は減るどころかゼロになるよね。そんな簡単なことも分からずに年金下げるなってデモ起こしてるジジイ見てると面白いよね。長く生きてる割には知恵がない。自分が国の駒の粒子にすぎないことにすら気付いていないし、それどころか自分の見る世界こそがチェス盤で自分はキングかクイーンか、せいぜいルークだとでも思ってるんだろうね。駒の塗料なのに(笑)。まるで民意を反映させることこそが正しいとでも思っている。国を壊す一番効率的な方法こそが民意を反映させることなのにね。でもある程度信頼を得るために民意を反映させる振りくらいはしないといけない。信頼されてあげないと犯罪を揉み消しづらくなるでしょ?」


 酒井はまるでただの世間話のように独自の政治論を展開していた。おそらく彼は立場上自分の真意を話す相手がいないから、それを話せるメッセンジャーを前に口が止まらないのだろう。

 更に少子高齢化についても独自の理論を繰り広げた。


「日本は人口密度が多すぎるんだよね。だから少子化は問題じゃないと思っているんだ。人が減ってくれるわけだからさ。大きな声じゃ言えないけどね。問題は高齢化だよ。ジジイババアが多すぎる。医学の発展は政治にとっては単なる邪魔だよ。もっと大きな声じゃ言えないけどね(笑)。七十歳以上が半分いなくなればずいぶん楽になると思うんだけど。少子化なんて問題にならないくらいに。最近よく思うんだ。老いぼれを相手にした大量殺人鬼が現れないかって」


 その言葉に図星を突かれたような電流が全身に走るのを感じた。何も食べてないのに胸やけと吐き気がした。


「そんなに望むんならお前がやればいいだろう。どうせ捕まらないんだから」


 俺が彼の投げやりな冗談に唾を飲むと、音が消えた。ノイズだけが聞こえてくる。

 そして、嫌な汗と共にこの機械が酒井首相の楽しそうな声を出した。


「あ、それ名案だね。思いつかなかったよ」

「は?」

「よし。早速明日からやろうか。そうだね、認知症にかかって社会の邪魔者扱いされてるやつから殺しちゃおうか。年金や社会保障のためにもなるし、悲しむ人だって最小限にすむだろうしね。類は友を呼ぶんだから認知症患者の友達って認知症か死体だけでしょ」

「……お前ひとりじゃ大した効果はないだろうがな」

「何言ってんの? 相変わらず頭が悪いね。僕は警察やマスコミに「国のために認知症の歳寄りを殺しまくります」って声明文を送るつもりだよ。そうしたらもの好きなマスコミはこぞって取り上げるだろうね。つまり広告費ゼロで殺人推奨のCMを流してくれるんだよ」

「殺人推奨?」

「うん。だってそうじゃない。口では「人殺しなんて最低だ」とか言うだろうけど「国のために」ってこともしっかり報道してくれるはずさ。ご丁寧に評論家さんたちは「若者が負担する年金は減るだろうけど、この方法は最低だ」とか言ってくれるはずさ。でも後ろの「この方法は最低だ」の部分は誰の心にも響かないよ。特に社会に不満を持ってる若者やリストラ親父にはね」

「何が言いたい?」

「むしゃくしゃした気持ちやストレスを発散させる一番の方法は暴力だよ。しかもマスコミは「絶対にしてはいけない」と言いながら間接的に「ストレスを発散させる手段に認知症患者殺しがありますよ」と伝えてくれるわけさ。そうしたらどうなると思う?」

「……模倣犯か」

「そう。みんなが国のために協力してくれるはずさ。殺されるくらいなら死んでやるっていう歳寄りだってたくさん現れるかもしれない。十年も経てばずいぶん変わってくるはずさ」


 ゾッとしたものを感じた。汗腺から溢れる液体が全て氷になるくらいの冷たい感覚だ。

 本当に俺はこれを聞いてよかったのだろうか。聞かなければよかったかもしれない。メッセンジャーから聞いた話をただのバカな作り話として笑い飛ばした方がよかったのかもしれない。


 それに、実際にこの首相は実績があるし、これからも実績を積んで国を豊かにしてくれるだろう。様々な問題を解決してくれるだろう。例え酷い人間だったとしてもそんな素晴らしい顔を見せてくれる人を陥落させていいのだろうか。

 いや、この男のせいで何千何万もの人が死んだり壊れたりしているんだ。それを許すわけにはいかない。


 賽は投げられたんだ。もう後戻りなんて出来やしない。

 これは、公表しなくてはならない。


 次にボイスレコーダーから聞こえた音はメッセンジャーのものだった。


「お前の本性を、ばらしてやる……!」


 その言葉は感情の奥から溢れ出るような力強さと恐怖感からくる震えがこもっていた。まるであのメッセージのように。

でも、次に聞こえたのは高らかな笑い声だった。


「アハハ! 誰が信じると思ってるのそんなこと? 君みたいなクズが僕みたいな優等生を悪人に仕立て上げようとしても誰も信じないよ。それは高校生の時に学んだはずでしょ? 忘れたの? そんなにキミはクズだったの? でも、もし一度でも誰かにそんなこと言いでもしたら君の名前、なくなると思いな。どこかのジブリ映画みたいにさ」


 あっ、と思った。


――もう俺に名前はない。


 そういうことだったのか。

 俺にこのことを話したから、彼は名前がなくなったんだ。首相が俺との話を聞いていたわけでもあるまいし……いや、


 本当にそうなのか?


「いやあ、まさかキミからいいアイデアを貰うとはね。悔しいけど悪い気分じゃないよ。わざわざ僕の近くに連れ戻した甲斐があったね。うん、とっても気分がいいよ。明日から人をいっぱい殺せるし、それだけの、いや、それ以上たくさんの人間がドミノみたいに崩れていく風景が見られるし! 最高だ! もうキミは帰っていいよ。一日くらい我慢した方がより楽しめそうだしね」


 ガタッ、と鳴った。メッセンジャーが帰るために動いたのだろうか。


「そういえばお前、」まだ雑踏のBGMは聞こえない。「どうして結婚しないんだ?」


「結婚? そうだね。配偶者がいたら僕の趣味を邪魔しちゃうからだよ。キミ側の人間以外で僕の本性を知っている人は少ないに越したことはないしね。さすがに家で演技するのは疲れるし。前にも言ったと思うけど性にはあんまり興味がなくてね。たまに僕に言い寄って来る人がいて、その人たちとやったりはしてるけど。あ、その人たちが今どうしてるかは聞かないでね。長くなるから」


「……じゃあ、もうひとつ。なんで今になって俺を呼んだんだ? 俺以外にターゲットはいっぱいいるはずだが」


「それはもちろん、今はキミしかいないからだよ」


 音しか聞こえなかったけど、きっとその言葉を発する酒井首相の顔は笑顔だったのだろう。


「……そうか」


 ダンダン、と足音と共に雑踏が大きく聞こえるようになった。車から出たのだろう。ドン、と車のドアを閉める音が試合終了のゴングのように鳴り、全ての音が消えた。


「……」

 時計の歯車、冷蔵庫の鼓動。そんな普段聞こえないような音が耳に入ってくる。

 そんな静かな空間に彼の言葉が黒い字で浮かんだ。


――俺がいなければあんな事件は起きなかった。


――俺が落書きしてるのは、ある意味の罪滅ぼしだ。


 その言葉の意味が初めて分かった。


――そんなに望むんならお前がやればいいだろう。


 彼のその一言が何万人もの命を血に染めたんだ。

 次回より、クライマックスへ。

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