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Actor

 あくまでフィクションであると強調させていただきます。


 また、最初の数話でギブアップしそうだったけど諦めずに読んでみたら結構面白かったというニュアンスのお言葉をいただいたので、皆さん諦めないでください。m(__)m

 

 一人の犯罪者の話をしてやろう。聞きたくなければ目を閉じるなり耳を塞ぐなり好きにすればいい――。





















 何から話すべきか。まずは自己紹介からしようか。

 俺の名前は司馬孝明。職業は役者。歳は二十七。ちなみに司馬孝明というのは芸名だけどこの際関係ない。俺がこの職を選んだのは、友達からの勧め、というのか、まあ。そんなだ。元から演技力には自信があったし、興味があったから丁度いいと思ったのだ。

 でも、その道は決して楽なものではなかった。役者なんてかなり特殊な職業だし、生活できるほどのレベルになる倍率もかなり高い。だから俳優になりたいと親に告白することだけでかなり緊張した。全身の血管がきゅっと縮まるように体が硬くなり、内出血のように緊張感があちこちに溜まっていった。


 なんとか勇気を振り絞って「俺、俳優になりたい」と両親に打ち明けた時は今にも死んでしまいそうだった。反対でもされたらそのままポックリ逝きそうなほどに。

 母さんは「食べていけるの?」と驚きつつも心配してくれた。「特に経験もないでしょ」

 確かに経験はないけど、と乾いた口で俺は反論した。「大抵の人はそうだよ。歌舞伎じゃないんだから」

 それでも母さんは不服そうだった。子供がお菓子を買ってもらうために嘘泣きするのとはわけが違うのだから。


 そんな緊張した空間の中、父は夕刊のテレビ欄を眺めたまま一度も俺の方を見てはいなかった。

 ちょっとお父さん、と息子の将来を心配する母さんは数年後の未来より今日のテレビの方が大事だと言わんばかりの父さんに怒るように声をかけた。「そんなもの見てる場合じゃないでしょ」

 すると父さんは「はあ」と息を吐き、テレビ欄を見たまま答えた。「別にいいんじゃないか? お前、カッコいいし」

 何よ他人事みたいに、と母は眉毛を八の字にして呆れて見せた。そうだそうだ、自分の子供だろ、と心の中で俺は賛成派を反対した。


 一通りテレビ欄を見て「最近のテレビはつまらないな」と彼は夕刊を畳み、俺と初めて目を合わせて言った。「自分の敷いたレールを渡るっていうやつに反対する理由なんて俺には持ち合わせていない。やれ。この俺が言ってるんだ。成功するに決まってる。今までお前は色々なものを見てきたはずだ。お前には演技くらい自分の足の爪を舐めるより簡単だろ」

 そして彼はまた夕刊を開いて読み始めた。「これからのテレビを面白くするのはお前だ。最後まで頑張れよ。いいな?」


 その言葉に俺は感動した。どこをどう感動したのかはよく分からないが感動した。

 確かに今までの人生あまり長くはないといえ、色々な物を見てきた。それはもう、とても数え切れる数じゃないほどの。ただ、この父は俺が見てきた物のほとんどを見ていない。それでよく言えたものだと後で思ったのだが、この時はただただ俺は感動していた。数年前に初めて出会った父親という存在の大きさに。

 俺がまだ一歳の時に他の女と浮気した生物学上の父を置いて俺と母さんは家を出て行き、それから女手ひとつで母さんは俺を育ててくれた。だから俺は物心がついてから一度も父親という存在を知らなかった。そんな中、母さんがこの男と出会い、付き合い始め、俺が高校を卒業する少し前に再婚した。


 血が繋がってないにも関わらず、この男と俺は結構そりが合った。確かに息子が将来の話をしているのに新聞で面白そうな番組を探すようなよく分からない所はあるが、そんなことは関係ないくらい仲はいい。この人が「敬語なんて使わないでくれ」と言ってくれたからもあるかもしれない。でもその言葉はもろ刃の剣で、俺は彼を「父」というよりは「友達」感覚で接していたのであまり父親というものを感じることはなかった。


 でもこの場面で俺は初めて父親というものを感じ、感動したのかもしれない。初めて知る「父親」という感覚に。

 俺は「はい!」と近所迷惑なくらいのでかい声で答えた。母がビクッと体を震わせて耳を両手で塞いだのが横目で見えた。父は驚いた表情など見せずにゆっくり夕刊のテレビ欄を読み返していた。そのまま彼は恥ずかしそうに頭を掻き、小さな声で呟いた。その言葉に俺は涙を流した。

「お前ならできるさ。なんと言っても、俺の息子なんだから」






 まあ、何だかんだで俺は舞台のオーディションに合格し、大学を卒業した。合格した時、俺は今までにないくらいはしゃぎ、友達はそれ以上にはしゃいだ。母は自分のことのように歓喜し、涙を流した。父は「さすがは……俺の……息子だ……」と母と共に涙を流した。

 まるで雲の上にいるかのようだった。


 そして五年、今こそ快適な暮らしを手に入れているけど、親元を離れてすぐに生活に余裕が出来たわけじゃない。優越感はすぐに劣等感になった。えげつのないタイムスケジュールでひとつ舞台を終えたものの、それ以降は仕事がなく、かなり暇だった。それはもう、二時間映画一本の台詞を全て覚えてやろうとか考えてしまうほどだ。

 周りが金の成る木の芽にじょうろで水をやっていたのを俺は遠くから見るしかなかった。木の芽はあるのだが俺はじょうろを持っておらず、雨上がりの水溜りから手で水をすくって芽にやるしかなかった。追いつくわけがない。親から仕入れをもらい、バイトをし、時に友達の家に居候して過ごしていた。もちろん親に見せる顔なんてなかった。本当にこれでよかったのかとさえ思うこともあった。そんな時は父の言葉を思い出してプラス思考に考えるようにしていた。


 テレビ番組の有名人の下積みエピソードは本当に救いとなった。俺よりの辛い経験をしても諦めなかった人がいるのに俺がこの程度の苦労で諦めるなんて許せない、と。それを動力源にし、携帯電話のボイスレコーダーを使い演技の稽古をしていた。ドラマのシーンなどを真似て納得がいくまで、納得がいってもそれ以上に、繰り返した。オーディションだってとにかく受けまくった。ことごとく落ちてもめげずに次に挑んだ。努力がなければどんな才能だって開花しないと友達のひとりがいっていたからだ。その友達は中学生の頃から弁護士を目指していて、今も尚、六法全書に読みふけている。ちなみに俺に俳優を勧めたのも彼だ。


 エキストラ、一言の役、いくら小さな仕事でもひとつひとつ着実にこなしていくうちに自分が成長するのを感じることができた。俺はじょうろを手に入れたんだ、と。

 一年もすると舞台にも頻繁に呼ばれるようになった。俺はどんな役でも精一杯、人一倍練習をした。常に本番と思いながらネバーギブアップ精神で。金の成る木の芽が「木」になっていた。


 俺の尊敬する大物俳優が言っていた。「この世界で生きていくには演技力よりも強靭な精神よりも人間関係が重要だ」と。なので(なのでというのも変かもしれないだが)俺はこの世界で下積み中の仲間はもちろん、下積み時代を築いてきた先輩とも仲良くした。携帯電話の電話帳の登録件数を増やして携帯電話を爆発させるくらい仲の良い人を増やす、と心がけて。先輩の誘いはダブりでもしない限り断らなかった。


 とある舞台を終えた時、俺はある先輩に誘われた。その人は主演こそしてないが沢山のドラマに出ている若い先輩で個人的に好きな人だった。

 孝明に会いたいという人がいるんだが、という誘いだった。もちろん断らなかった。誰だ? 先輩の友達とかかな。と想像を巡らせながら彼についていくと目の前に大きな家が現れた。豪邸という表現は相応しくないかもしれないが、とても大きな家だった。

 ここが彼の家じゃないことはすぐ分かった。彼の家に行ったことがあるからだ。どこの金持ちの家だ? と思っていると、その家からひとりの男が現れた。

「この世界で生きていくには演技力よりも強靭な精神よりも人間関係が必要だ」と言ったあの人だった。


「初めまして。司馬君。君に会いたかったんだ」

「……」


 憧れの人を目の前にして緊張しないはずがない。両親に役者になりたいと話した時のような莫大な緊張感に俺は襲われた。

 そんな俺を見て先輩は「緊張し過ぎだろ」と笑っていた。

 それでも俺はあまりにも驚いてしまって「僕も会いたかったです」とかの尊敬の念が言えず、「あ、初めまして」としか言えなかった。

 俺をここに連れてきた先輩が噴き出しそうになっているのが横目で見えた。


 何を話せばいいのか、言えなかった尊敬の念を伝えるべきか、何で先輩は俺を連れてきたのか。そんな簡単なことがパニックになって俺には分からなかった。

 そしていつの間にか俺は彼の家のリビングのソファに座っていた。「どんな気分だ?」と隣の先輩に言われてやっと迷路から脱出できた。「何が何だか、な心境です」


 そういえばあの人は、とふと思った時、彼がトレイにカップを三つ乗せてやってきた。俺の前、先輩の前、俺と向かい合うところの三箇所にカップを置き、脇にトレイを置いた。彼は「司馬君の隣のガキから君は紅茶好きだと聞いていたもので。あまりおいしくないだろうけど」と綺麗な笑みを浮かべてもてなしてくれた。先輩が「ガキはやめてくださいよ、先輩」と言ったもので頭がまた混乱した。とりあえず「ありがとううございます」と当然的なことを言い、透け通る朱色の紅茶を口に運んだ。


 その味は衝撃的だった。

 滑らかな舌触り、豊潤な香り、官能的でさえある喉越し。


 うまい! 何があまりおいしくないだ! 俺が淹れるよりずっとうまいじゃないか!


「いつもはうちの女房が淹れてくれるんだが、あいにく今日は外出しててね」


「おいしいです。物凄くおいしいです!」自然にそんな言葉が出た。


 彼は嬉しそうに笑った。「それはよかった」先輩も「メチャクチャうまいじゃないですか!」と大きな声を出した。「コーヒー派の僕が言うんですから間違いありません!」

 普段自らを俺と呼ぶ先輩が僕と言うのが何か面白かった。俺はまた紅茶で音を出しそうになるのを抑えながら口に入れた。マイルドな甘さ、上品な味わい、こんな紅茶は初めてだった。


 それにしても、彼にオーラはなかった。ただの若いおじさんにしか見えない。それともこれは演技なのかとさえ疑いたくなる。

 そんな時視界に大きなテレビが視界に入った。なぜ今まで目に入らなかったのかと思うほどでかい。リラックスしてきたから見えるようになったということなのだろうか。紅茶の効能で。


「そろそろ緊張が解けてきたかな。緊張するななんて言っちゃうと逆に緊張するからね。困惑している司馬君に掛ける言葉がなかったからこんなもてなししか出来なかったんで。ごめんね」彼は謙遜した。


「気を遣って頂いてありがとうございます。おかげで少しリラックス出来ました」


「そうだね」彼は俺の瞳を覗いた。それは俺の心を覗いているかのような、俺の瞳に映る自分の顔を見ているような、強い眼差しだった。突然凄いオーラが現れた。それが暴風になって俺を吹き飛ばすような恐怖さえも感じた。


 なんて迫力だ……。


「ちょっと早い気もするけどそろそろ本題に入ろうか」


 さっきまでの明るい空気がいつの間にか消えていることに気付いた。静けさが三人を包む。妙なプレッシャーが掛かる。

 俺は息を呑んだ。


「今まで幾度となく君の演技を生で見てきた。見ている感じ君は何か浮いている気がする。周りと君のレベルがちょっと違うんだ。君は才を持っている。天賦の才と言っても過言じゃないだろう」


 天賦の才……。その言葉を聞いて父の言葉が脳裏に浮かんだ。


 ――この俺が言っているんだ。成功するに決まっている。


「それがどういうものなのかは私にも分からない。いずれ世界のトップに立ちアカデミーとかの賞を総なめするようになるのか、はたまた文字通り周りを殺していくようになるのか。君の大きな才が善か悪か。それは誰にも分からない。しかしまだそれは小さな芽にすぎない。このままでは満開まで育たないだろう。君の才と努力には今の場所は狭すぎる。すぐにでももっと広い世界に入るべきだ」


 善か、悪か。


「九部咲で終わり、安定した収入を得るか、満開まで育ち、さらに上を目指すか。どうするかは君が決めることだ。もちろん双方とも茨の道だ。どちらを選ぶ? 私に着いてくるか?」


 答えを選ぶのは容易なことだった。

「あなたに、着いていきます」






 確かにどちらも茨の道だと言っても過言じゃない道のりだった。俺は彼を「師」と呼び、演技指導などを厳しくもらった。もの凄く厳しかった。息の荒さ、落ち着き、タイミング、カメラに映らないであろう所までこだわった彼は一種の鬼と言ってもいいだろう。風林火山という言葉を武田信玄から受け継いだような。


 切り替えは風の如く速く、落ち着くところは林の如く静かに、怒るところは火の如く侵略する様に、山の如く堂々と。


 この人に着いて行っても行かなくても厳しい道のりに変わりなかっただろう。ただ、種類が違う。着いていかない選択肢を選べば待っているのは一生を通じた小さな苦しみで、着いていく選択を選べば一時的な大きな苦しみが待っている。両方の総量は同じだろう。でも俺は一切後悔していない。何故なら俺は彼の言う通り役者として売れたからだ。彼の手にかかってから初めて出たドラマで重要なキャラクターを演じ、助演男優賞を獲得した。おかげで知名度や人気も出て、かなり忙しくなっている。嬉しい悲鳴という言葉の意味を手で握るような実感を持って知ることができたのだ。


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