安藤和彦の葛藤 第五話
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「おいしいところを持ってかれたよなあ。ほんっとお前はダメダメだね」
柏木は自己嫌悪に陥っている安藤に追い打ちをかける。安藤を貶すのは柏木の趣味であり役目なのだ。
「はいはいはい俺もう告白しようとかそんなこと全然考えてません、身の程弁えない猿ですみませんでしたごめんなさい」
安藤は自暴自棄で逆にハイになっている。
「そーいや別にどうでもいいんだけどさ、なんでお前、俺が楓に惚れてるって気づいたの?」
安藤はなんとなく気になっていたことを訊いてみた。榊に「さっさと吐いて楽になれよ~」とかなんとか言われたことは覚えてるのだが、安藤が言い渋っているところに柏木が「楓だろ? 俺の目はごまかせないぜ」としれっと言い放ったのだ。
「そりゃあいつも見てるからね」
「お、俺のことを!?」
安藤は咄嗟に身を庇う。
「何考えてんだ埋めるぞハゲ」
「まだハゲてないっす」
結局有耶無耶にされそうな雰囲気だったが、柏木は遠くを見つめながら呟いた。
「俺んち、猫飼ってるんだけどさ」
唐突な独白。
「……? 知ってるよ、しょっちゅう自慢してるじゃん。名前は……なんだっけ、タマ?」
「ミウだよ、ばーか。猫だからタマとかどんだけ安直なんだよ。じゃあお前はイエローモンキーかよ」
「うっせーな、冗談だよ。そのミーがどうしたんだよ」
柏木はうちのミウ馬鹿にすんなよ、とか猫に蹴られて死んじまえ、とか散々悪態をついた後ようやく本題に入った。
「はじめて楓を見たとき誰かに似てるなって思ったんだよ。それが誰なのか分からなくてずっと悩んでたんだけど、ミウと遊んでる時にようやく気づいたわけ。楓はミウに似てるんだ。ミウも最初はつれなくてさ、手懐けるのに苦労したぜ。でもそういうコほどかわいいんだぜ、寝顔とかさー。俺に心を許して腹の上で寝てる時とか、ホントたまんねえよなあ~」
「…………。……あっそ…………」
いかに安藤が馬鹿でも、その熱っぽい口調にすべてを理解せざるを得なかった。しかしそれにより、 安藤の苦悩はますます重く肩にのしかかる。友情をとるか色恋をとるかはともかく、一途で正直なだけが取り柄の安藤が、策略家の柏木とまともに張り合えるとは到底思えなかった。おそらくこの男は、敵に回すと一番厄介なタイプだ。しかも本気を出せばますます手に負えなくなる。その上もう一人、更に手強い恋敵がいるとあっては……。
にゃははははは……ふざけた笑い声で場の空気を一変させたのは、飲み物を買いにひとっ走りしてきた榊だった。
「いーねえ楽しくなってきたねえ。恋せよ若者! 燃え上がれ恋の炎っ!」
「あの……念の為訊きますけど、まさかひょっとして先輩も楓のことを、なんてことは」
安藤はおそるおそる尋ねる。
「俺? 俺はみんなを平等に愛してるぜ。らぶあんどぴーすっ」
「……つーかセンパイ、それアルコール入ってるんじゃ」
柏木は榊の左手にある飲み物を凝視する。
「俺は酒じゃなくても酔えるよーん。きぃーみーがーいたなーつは とおいーゆーめーのなかあ~」
榊は本当に酔っ払っているのかもしれない。他人のフリをして離れようと腰を浮かせた柏木であったが。
「「そーらーにーきえてーったっ うちあーげはーなーびーっ!!」」
あろうことか安藤まで、一緒に大声で歌い始めた。歌っている、というよりはヤケクソでがなっている。結局彼らが一番言いたいのは、詞の後半の「好きだってことが言えなかった」という部分なのだろう。
やれやれ……柏木は首を振る。そして安藤の背後に忍び寄り、その後頭部にチョップを入れた。逃げる柏木、やり返そうとムキになって柏木を追いかける安藤。二人の追いかけっこを見て大笑いしながら、缶ジュースを思いっきり呷る榊。
恥も外聞もなく土手を転げ回ったり、寄ってたかって一人の女の子に懸想してみたり、男とは大概しょーもない生き物だ。まあ無理もない、青春とはいつだって、青臭くてしょっぱくてこっぱずかしいものなのだから。
五人の若者の夏は、こうしてひとまず幕を閉じた。しかしこの物語は、青春という名の季節のほんの一場面に過ぎず。これから先、彼らの道がどのように交錯しどこへ辿り着くのか――それは神のみぞ知る、なのであった。
これにて第一部、安藤和彦編は完結です。次は間章を挟んだ後、榊猛編に入る予定。鋭意執筆中ですので引き続きお楽しみくださいませ。
それではここまでお付き合いくださりありがとうございました、これからもこの作品と五人の恋の行方を温かく見守って頂けると幸いです。