フルール王国建国記
剣と魔法とスマホがあるこの世界。
フルール王国では兵と騎士には剣と魔法が与えられ、軍の通信用途以外の個人のスマホは公爵以上の高貴な者から下賜される物だ。
戦乱の世が続きその中でフルール王国が樹立された。しかし未だ統一されてはいない。
フルール家の統治に異を唱える貴族達が各地で反乱を起こし戦況は混沌を極めていた。
フルール王と古くからの友人であり王国防衛の要であるジーリオ、ピオニー、ペオーニアの三家は内乱に乗じて進軍して来る他国を抑えるため各領地で奮闘中であり王都防衛やその他の反乱分子にまで手が回らなかった。
そこでフルール王及びその四人の王子が直々に出陣し王都より離れた反乱分子の鎮圧に向かう。
王の不在の間は王妃トワレが王国の全権を掌握し王都防衛に務める事となった。
トワレは早速戦況を把握するため王都防衛軍の将軍を呼び出し説明を求める。
「して将軍よ。王都周辺の戦況はどうなっておる」
「は! 今のところ我が軍と敵軍は拮抗しております。今の最前線はロゾー川、ここを挟んで睨み合いが続いておりますな」
王国の地図を見ながらロゾー川を確認するトワレ。川幅は広く水深も深い。人や馬が生身で渡ることは不可能なほど流れも早い川だ。
ロゾー川にかかる王都近辺の橋は大小含め三箇所。トワレはその橋を閉じた扇で指し示す。
「橋を落とせ」
あまりに唐突な命令に将軍は驚き進言する。
「し…しかし王妃様! この橋を落としては他領からの物資が運び入れられません! それに王や王子も王都へ帰る事ができなくなりますぞ!」
「構わぬ。今は犠牲を少なくし王都を陥落させぬ事が重要。橋を落とせば前面からの敵の侵攻を抑えられる。今この場に居らぬ者や無い物の事を考える必要はない。今すぐ橋を落とさせよ」
「は…は…!」
将軍は不服そうにスマホを取り出し前線の指揮官に橋を落とすよう命令する。
「ふん…いつ裏切るとも知れぬ他領からの物資を当てにするとは…愚将もいい所よ」
トワレは豪華な扇を広げ口を隠し将軍を蔑みの視線で見下す。
「今この時信用できるのはジーリオ、ピオニー、ペオーニアのみ。奴らのうち誰かが間に合えば良いが…」
王国地図を見渡し次なる手を思案するトワレであった。
その頃王宮のバルコニーには出征して行った父や兄達に思いを馳せる一人の少女がいた。王とトワレの娘ケイトである。
バルコニーの縁に座り足を揺らし父達が渡って行った川向こうを眺めている。
「父様…兄様…どうぞご武運を…」
小さな声で祈るように言うケイトの背中から世界で一番聞きたくない声、いや声と言うのも悍ましい気持ち悪い音が聞こえてきた。
気持ち悪い音の主は後宮に4人いる側室のうち第二側室の息子で、ケイトにとっては異母兄に当たる男だ。
「やぁケイト。そんなところに座っていると危ないゾ?」
ケイトは振り向かず何も言わず何も聞こえなかったように川向こうを見続け足を揺らし続ける。
「おぃ!ケイト!兄上様が話しかけてやっているんだ!返事をしなぃか!」
そう言うと気持ち悪く話すケイトの兄と名乗った男はその肩を掴むと無造作にバルコニーの向こうへと押しやった。
「え…!」
ケイトは空中へと投げ出され地面へ向かって落下していく。
「きゃああぁああ!………あ…?」
柔らかな衝撃がケイトを包み彼女が目を開けると暖かで力強い腕に抱き抱えられているのが見えた。その腕に抱かれたまま見上げて見ると見知った顔がそこにあった。
「ジーリオのおじさま!」
そう言いケイトがぎゅっと抱きついたその人物の名はブルボ・ジーリオ。ジーリオ家当主であり王の旧友でもある。
「ケイトちゃん、危ない所だったな」
優しくそう言いながらブルボがバルコニーを見上げると下を覗き込んでいた先程の男が慌てて逃げて行くのが見えた。
「ち…薄汚い野郎め…」
小さく呟くとブルボはケイトをおろしてやる。
「ケイトちゃん、ママはどこに居るか教えてくれるか?」
聞かれてケイトはクスクスと笑い出す。
「うふふ、おじさまあたしもうお姉さんだから母様の事はママって呼んでないのよ」
「それはそれは失礼致しました小さなレディ」
恭しくお辞儀するブルボに笑いが止まらない様子のケイト。お辞儀したまま上目遣いでケイトの方をイタズラっぽく見るブルボ。
「あはは、おじさまはやっぱり楽しお方ね。あたし父様のお友達は皆さん大好きよ」
ケイトの言葉に頭をかき照れる30を過ぎたブルボおじさん。
「母様は父様の代わりに王都のお仕事をしているわ。こっちよついて来て」
ブルボの大きな手をその小さな手で取りトワレの元へと案内するケイト。
作戦会議室の前まで来ると開かれていたドアの向こうからトワレの声と先程の男の声が聞こえて来る。
「なぜ貴様がここに居る。貴様は今反乱貴族の鎮圧に向かっているはずではないのか?」
そう言いながらトワレは閉じた扇で地図を差し叩き鳴らす。
「そのような任務雑兵どもに任せておけば良ぃのですヨ。ワタクシにはもっと相応しい仕事があるはず。適材適所ですヨ。お義母様」
「貴様に母と呼ばれる謂れは無い。怖気がするわ!」
扇で地図の乗ったデスクを力の限り叩き付けその不快感を隠す事なく露わにするトワレ。
そんなトワレを宥めるように将軍が横から口を挟む。
「王妃様、失礼かとは存じますが進言させて頂きます。今は国王陛下と王子殿下が出征なされており王都にいる王族で18歳以上の王族は第二側室のお子であられるこの第四王子様のみ。万が一の事も考え第四王子様の出陣はお控えになられるべきかと…」
「なんじゃ貴様。やけに此奴に肩入れするの? 何か謂れがあるのか?」
扇を広げ口を隠しながら言うそのトワレの言葉に一瞬声を詰まらせる将軍。
「いえ…そのような事はございません」
凍てつく眼光を将軍へと突き刺ししばらく見下すトワレ。
「まあ良いわ。両名とも下りや」
パンっと扇を閉じたのを合図に将軍と側室の子の第四王子は作戦会議室から退室した。
鉢合わせしないよう扉の影に隠れていたケイトとブルボは、将軍達が立ち去ったのを見送ると作戦会議室の中へと入って行く。
「トワレ様、ご機嫌麗しゅう」
ブルボは部屋に入りながら言葉とは裏腹に片手をあげ適当に挨拶をする。
「全く麗しゅう無いわ! 聞いておったのであろう? あの賤しい豚共の話を」
「ひっどい言いようだな…まあ当然だが」
ブルボがケイトと目を合わせると、ケイトがうんうんと勢いよく頷いた。
「しかしジーリオよ。よくぞ参ってくれた。そなたの領地の方は落ち着いたのかえ?」
「いんや、バンバン攻撃が飛んで来やがるよ。俺は部下に任せてこっちに来たんだ。でもまあ俺の部下だしなんとかなるだろ。妹も居るしな」
その言葉にケイトがブルボの服の裾を引っ張って笑顔を浮かべてイタズラっぽく言う。
「あらおじさま。それじゃああの豚と同じという事になっちゃいますよ?」
「ぐは! そういやそうだ! 俺ぁなんてバカな事をしちまったんだ!」
ケイトとブルボは笑い合い、それを見てトワレも誰にもわからない様な微笑を浮かべる。
「ふ…奴のは敵前逃亡、そなたは部下や妹と信頼しあった上の単独撤退。そなたとあの豚とは根本的に違うわ」
「そうだ母様! あたしさっきあの豚に…」
ケイトは第四王子にバルコニーから突き落とされブルボのお陰で助かった事を伝える。
「ケイトよ。今は戦乱の世。例え王宮に居ようとも油断はするなと言っておいたであろう?」
「はい…申し訳ありません…余りにも悍ましく気持ち悪い音でしたので…以後気をつけます…」
しゅんと小さくなるケイトの頭を撫でてやるブルボを見ながらトワレが言う。
「奴は次の王を狙っておる。それには妾の血を引く者全てが邪魔者なのだ。なればこそケイトを事故に見せかけ殺めようとしたのだ。…どうせ第二側室の入知恵であろう。愚鈍な親子よの」
「ほっといてもいいのかい?」
トワレはデスクの地図を扇で指し示しながら思案する。
「ふむ…そうじゃの…王宮内の膿も出し切らねば腐っていくばかりだからの…しかし今は目の前の危機を乗り越えねばそれもままならん」
トワレはブルボの方へと向き直り深々と頭を下げる。
「頼むジーリオよ。王都防衛軍の小隊を率い王都近くの反乱を鎮圧して来ては貰えぬだろうか」
「おうよ!もちろん!」
言うや否やブルボは踵を返し先程トワレが地図に指し示した場所を目指し出陣した。
第四王子が敵前逃亡した反乱分子を次々と薙ぎ倒していくブルボを目の当たりにし、下がり切っていた兵の士気が次第に上がって行く。
押され気味だった戦線は徐々に上がりついに反乱貴族の本拠地まで達する。
騎士の礼儀として本拠地の前で名乗りをあげるブルボ。
「我は王国騎士が一人ブルボ・ジーリオ! 反乱を主導する貴殿を粛清に参った!」
ブルボは反乱貴族の本拠地を手に持つ剣で指し示す。そして一呼吸置き、
「全軍! かかれ!」
その号令と共にブルボの率いる小隊の兵達が門を壊し、塀に梯子をかけ登り、または兵同士で持ち上げ次々と反乱貴族の本拠地へと雪崩れ込む。
ブルボも自力で塀を乗り越え敵を倒しながら庭を駆け抜け邸宅の中へと進入する。
次々とドアを蹴破り大将を探す。
反乱を起こした張本人の高齢の貴族は戦いを部下に任せ自分は倉庫の中で縮こまり隠れていた。
ブルボに見つかり震える手で剣を向ける。
「わ…わしを殺すとどうなるかわかっておるのか!? 王国の損失じゃぞ! わ…わかったら立ち去れ! この青二歳めが…!」
ブルボは頭をくしゃくしゃと掻きながら大きなため息をつく。
「は〜…なんで悪党ってのはどいつもこいつも同じ様な事言うのかね…」
呆れた様子でそう言うとブルボは剣を振りかざし、躊躇いなく反乱貴族を斬って捨てた。
表でも制圧が完了し貴族の邸宅の接収が成された。
ブルボは貴族の書斎で一つの書類を見つけ読み進める。
「おいおい…マジかよ…」
そこに書かれていたのは表向きは王家へ忠誠を誓っているある公爵家の名前。しかしその実この反乱を煽っていたのが何を隠そうこの公爵だったのだ。
この書類には公爵家への忠誠を誓うと共に、公爵家が王権を奪取した際にどの様な地位を与えられるかが詳しく記されていた。
「やれやれ…公爵が王になったらさっきのじいさん貴族が辺境伯? 冗談はよしてくれよ…あんなじいさんに外敵を抑えられる訳ねぇだろ…どう言う采配してんだこの公爵…」
公爵はまさに愚鈍の王である。
しかし黒幕は公爵家だと言う事が判明し次の一手の足がかりになる事に違いはなかった。
ブルボが出陣していたその頃王宮の第二側室の部屋には側室本人、第四王子、将軍の三人が集まり戦況の予想をしていた。
「それで将軍。あの小五月蝿いジーリオの勝算はいかほど?」
「そうですな。あの小隊は王都防衛軍の中でも優秀な部隊。その部隊が攻めあぐねているのですからあんな青二歳が加わった所で戦況がひっくり返る事はないでしょう」
いやらしく笑みを浮かべる側室と気持ち悪く笑う将軍。
「そうですヨ。ワタクシが指揮しても倒せなかったんですから!あんな辺境に左遷された没落貴族が倒せる相手じゃアリません」
自分の実力を勘違いし、さらに辺境伯を閑職だととんでもない勘違いを堂々と言い放ちながら、生理的に受け付けない悍ましく笑う第四王子。
「さて、この後どうやって我が子に王座に就かせるかですが…何か策はあるのですか将軍?」
「まず第一にトワレの息子四名をどうにか抹殺せん事にはどうにも…このたびの出征で果ててくれれば事は運びやすいのですがな…」
側室は苛ついた様にハイヒールの踵を踏み鳴らす。
「そんな悠長な事でどうするのです! あの女の息子らが散り散りになっている今しか機は無いでしょう! 反乱分子に連絡を取り今すぐ抹殺させなさい!」
カツカツと何度も何度も踏み鳴らすその姿はまるで妖怪の様である。
「いやしかし…昨日まで繋がった電話が今日は繋がりません…向こうのスマホが故障したのかあるいは…」
「とにかく何か手を打ちなさい! 私にとってもあなたにとっても王の親となるまたと無い機会なのですから!」
側室の言葉に将軍は口角を上げ第四王子を見る。
「そうですな…私とあなた息子である第四王子になんとしてでも王座に就かせなければ…お任せください。まだ策はありますとも」
第四王子もニチャリと笑う。
「ワタクシは引き続きケイトの始末を狙いますヨ。いやいっそのこと我が妃に迎え一生飼ってやるとぃうのも一興ですヨ。くひふひひ…」
カツン!とより一層大きな音を響かせ声を震わせ側室は叫ぶ。
「悍ましいことを言わないでちょうだい! あの女の血を入れるなど! 考えただけでも怖気がする!」
自我を失った様に喚く側室の迫力に黙り込む第四王子と将軍であった。
側室が喚き散らしている頃、反乱貴族の邸宅から王宮へと戻ったブルボはそこで見つけた密書をトワレに手渡す。
「ふむ…しかしこれだけでは公爵を追い込む事は出来ぬの」
一通り目を通すと密書から手を離し指を鳴らすと一瞬で凍りつきそしてバラバラに砕け散った。
「ひゅ〜さっすが氷の女王」
茶化す様に言うブルボを凍てつく瞳で睨みつけ、
「女王では無い。王妃じゃ」
「そこかよ!」
ツッコミながらも、トワレが茶化した事でもなく、氷の様に冷たいと言う意味合いを込めた言葉でも無く、女王を王妃に訂正する所に、今は王の不在で王国の全権を委ねられていようとも、自らは王では無く王配であると言う一歩引いた立場に自覚と誇りを持っている事に気づくブルボ。
「すまん。調子に乗った…」
「分かれば良い。して先の密書の事だが…」
砕け散り床の水溜りと化した密書に目をやる二人。
「公爵が黒幕なのは間違い無さそうだ。しかし確かに公爵の手元にある密書を押さえない事には攻め込む事は出来ないな」
「ふむ…ならばそなたには引き続き王都周辺の鎮圧を任せよう。公爵の息がかかった者がいなくなれば奴も直接兵を送り込むしか無くなるはずじゃ」
「なるほど。そうなりゃ公爵の奴も言い逃れもクソもなくなるしな」
剣を手にし鎮圧に向かおうとした所に第四王子が作戦会議室へと闖入し、ブルボの姿を見つけ指を差し的外れな叱責を始める。
「貴様ぁ! 反乱分子を鎮圧しろと命令されたんじゃ無いのかぁ!? なのに逃げ帰って来るとは何事だァ! トワレ! この不始末どう責任を取るんだぁ?」
作戦が失敗したと思い込みトワレの失脚は確実だと錯覚し、気持ちが肥大化した醜き化け物が調子に乗りトワレを呼び捨てにして得意気に喚く。
しかしトワレは意に介さず化け物の口から発せられる不快な音声を聞き流し次なる作戦を思案する。
無視された第四王子はブルボを指差したまま立ち尽くす。
ブルボは大きくため息をつき慇懃に話し始める。
「私めは王妃様より命令を下され反乱分子の邸宅へと赴き先程鎮圧して参りました。只今帰還しました故その旨王妃様にお伝えした次第で御座います」
第四王子に向かい、胸に手を当て深々とお辞儀をしながらわざと大仰に丁寧な言葉遣いで返してやる。
「な…なんだと!? ワタクシでも倒せなかったあの貴族を!? ウソをつくナ!」
ブルボは頭を掻きながら第四王子に質問を投げかける。
「それで? 私が直接王妃様から受けた命令をどうして第四王子様がご存じなのでしょう?もしやあの反乱貴族と通じている者から聞いた…などと言う事は…御座いませんよねぇ?」
「う…うるさぃ! お前は左遷された身だゾ! さっさと辺境に帰れ!」
痛い所を突かれ鼻息を荒くして部屋を出ていく第四王子。
「あのクソ野郎何しに来たんだ? てか俺左遷されてたの?」
辺境伯ってそう言う事?と思い悩むブルボ。トワレは地図に目を落としながら話す。
「ふん…やはり愚かよ…そなたを言い負かしてやろうと来たのだろう。…それとどうやら将軍は公爵とも繋がっておる様じゃ。あの醜き豚が王座に就いても公爵が王権を握ろうとも自分にだけは利益が出る様にな。姑息な奴じゃ」
「王宮の膿出し切る事はできるのかい?」
ブルボが問うとトワレが振り向く。言葉もなく表情も無いがその目には鋭い光が宿っていた。
「そうかい。じゃあ俺は後腐れがない様に反乱貴族様達を全部ぶっ潰して来るとしますか」
ブルボは剣を取り王都周辺の鎮圧へと向かって行った。
その頃ケイトは王宮の庭で遥か東の国の武器である薙刀を手に、スマホで東の国の人が上げている薙刀練習動画を流しながら一人訓練をしていた。
ケイトはまだ魔法を使う事が出来ないためトワレが身を守るための武器として持たせているのだ。
8歳の彼女に合わせた通常よりもかなり短い物だがしかしその刃は真剣であり武器として十分通用する物だ。
「ふう…だいぶ型になって来たかしら」
汗を拭きながらスマホの動画を止め薙刀を肩に掛ける。
そんなケイトの背後から甲高い声が聞こえて来た。
「ほほほ…そんな屁っ放り腰で敵を倒せるとお思いか?」
ケイトが嫌そうに振り向くとそこには第一側室である女が不敵な笑みを浮かべ見下していた。
すぐに第一側室に背を向け薙刀を振り始めるケイト。
「おやおや…アタクシも嫌われたものですね。それとも照れ隠しかしら?」
ねっとりとした話し方をする第一側室に吐き気を催すケイト。
後宮には四人の側室がいるがその誰しもがトワレに対抗心を燃やし、何かにつけて嫌味たらしい言葉を投げかけて来るためケイトは側室達のことを嫌っていた。
「只今訓練をしております。邪魔をしないで頂けるかしら」
ケイトは第一側室に背を向けたまま薙刀を振り抑揚の無い声で言う。
すると不意にケイトは足を取られ転倒する。
何が起きたのか分からず目を大きく開けて体を起こし第一側室に振り向くとその手には庭掃除用の箒が握られていた。
「な…何をするの!」
第一側室に駆け寄ろうとすると箒の柄の先がケイトの顔の前に突き出される。
「油断大敵。足元がお留守でしたよ?」
斜に構えねっとりとした笑みを浮かべ煽る様な口調で見下す第一側室。
ケイトは奥歯を噛み締め歯軋りをすると真剣の薙刀で第一側室に切りかかる。
カンカンっと薙刀と箒の柄がぶつかり合う音が庭に響く。
第一側室はスカートとハイヒールと言う出立ちながらケイトの繰り出す薙刀をただの箒でいなし続ける。
相手が8歳の少女とはいえ真剣の薙刀。その切先が触れれば怪我は免れない。しかし第一側室は物怖じもせずしっかりとケイトの攻撃を見極め受け流しているのだ。
しかしその時ケイトの薙刀が側室のスカートの裾を掠め斬り裂いた。
「おや…」
それを見て粘着性の高い笑みを浮かべるとケイトの方へ向け人差し指を弾く。
すると小さな氷の塊がケイトの顎に直撃。その衝撃で後ろに飛ばされて倒れてしまった。
「くぅっ……!」
尻餅をつきながら第一側室を睨むケイト。
「ほほほ。勝負は引き分け…と言う事にいたしましょう」
ねっとり笑い声をあげながら第一側室は王宮の中へと消えていく。
「引き分け…?完全に負けだわ…」
ケイトは悔しさのあまり地面を叩く。その先の地面には第一側室が薙刀をいなし続けたただの箒が置かれていた。
ケイトは訓練の汗を流すため後宮の浴場へとやって来た。
服を脱ぎ中へ入ると先客が湯に浸かっている。
「は〜…今日はなんでこんなにも嫌な人に会うのかしら…」
スマホ片手に湯に浸かっているのは第四側室の女。ケイトに気付き口角を上げ何度も瞬きをしながら乾いた様な視線を送る。
「おチビちゃん。お母様はお元気?」
「お陰さまで」
感情を込めず返答し洗い場の椅子に座りシャワーを頭から被る。
その様子を見て乾いた笑い声をあげ第四側室は湯に浸かりながらケイトの方を向きその背中に声をかける。
「あは。おチビちゃんまた武術の訓練してたのね。本流の血の子は大変よね。私なんて毎日スマホいじって遊んでるわよ」
自慢げに自堕落な生活の報告をする第四側室。頭を洗いながらため息をつくケイト。
「あなたも王国のためにせめて魔法の訓練でもすればいかがかしら?」
皮肉っぽく言ってやるケイトに第四側室は瞬きをしながら、
「やぁよ。だって私魔法の才能ないもの。武器も重たくって持てないし。ほら私ナイフとフォークより重い物持った事ないじゃない?」
「知りません」
体を洗いながら興味が無さそうに返答する。
「あは。そんなにツンツンしてたら男の子にモテないわよ?もっと愛嬌を振りまいてみたら?私みたいに」
ウインクしながら言う第四側室の姿を鏡越しに見て心底気持ち悪そうに舌を出すケイト。
ザバっと言う音と共に第四側室は湯から上がりスマホを見ながら乾いた笑い声だけを残して浴場から消えて行った。
やっと一人になり大きく息を吐くケイト。
体を洗い終わり湯に浸かり訓練の疲れを落とすのだった。
風呂から上がり部屋へと戻る廊下の最中、第二側室と第三側室が言い争いしている現場を目撃する。
第三側室が無表情でありながら狂気の籠った瞳で第二側室を睨みつけている。
「そちらの息子がアタシの部屋の前でうろついていたのですがどう言う了見で?」
「私の息子なんですもの。後宮にいても不思議は無いでしょう?」
いやらしい声で余裕綽々に言う第二側室に向け、ギラリと目を光らせさらに鋭く睨みつける。第三側室。
「後宮に入れる男は王と17までの男。そちらはの息子は18では?」
「さて…その様な決まり事ありましたかしら?」
第二側室のハイヒールがコツコツと鳴り始める。その足元を無表情で見下ろしそしてすぐ第二側室へ狂気の視線を戻す。
「気持ち悪いので今後一切連れ込まないで下さい」
第三側室がそう言った刹那その彼女の顔に第二側室が平手打ちをし廊下に乾いた音が響く。
ハイヒールが床を叩く音が早く大きくなっていく。
「私の息子を気持ち悪いとは! 訂正なさい!」
「するわけ無いでしょう。気持ち悪い」
廊下にハイヒールの音とまるで子供の喧嘩の様に何度も何度も訂正しろ、気持ち悪いの声がこだまする。
ケイトは呆れた様にため息をつき二人の横を通り過ぎる。
言い争いに夢中でそのケイトには気付いていない様子だ。
その時第三側室が無表情で狂気の瞳で第二側室を見下ろし小さく呟く。
「殺す…」
それを聞き逃さなかったケイトは廊下を歩きながら思う。
「この後宮も終わりだわ…」
ブルボが王都へ来てから数日が経ち王都周辺の反乱貴族の鎮圧も進んだ頃、ロゾー川の向こうの荒野から大軍が進行中との知らせが入る。
「来たか」
トワレは地図上の川を扇で指し示しそしてその先にある荒野の先、公爵の領地まで扇を滑らせる。
「反乱貴族の戦力を我が王と息子に集中させ王都防衛を手薄にし、その隙に公爵軍が全軍で王都に攻め入る。なかなかどうして、こと目先の軍の動かし方については手練れておる様じゃ」
「辺境防衛をじいさんに任せようとしてた奴と同じとは思えないよな」
皮肉たっぷりに言うブルボに将軍が口を挟む。
「公爵とてかつては武勇を挙げた人物。軍の動かし方は心得ているだろう」
ブルボは将軍の言葉にこれまた皮肉たっぷりに言ってやる。
「そうかもな。第二側室に押し上げられた将軍閣下よりは優秀そうだ」
「なんだと無礼な! 私は…!」
言い争う二人をトワレが扇でデスクを叩き制止し、地図に視線を落としながら凍った声で言う。
「王と息子らへの的確な兵の配置。何者かの助言があったのやも知れぬの」
視線は地図に向けたままだがその言葉は将軍へと向けられている様だった。
言葉を詰まらせ将軍だったが、取り繕う様に今後の軍の動かし方を進言する。
「ロゾー川の橋を落としたとは言え公爵軍も何か手立てはしているはず。このままでは王都陥落の危険がありますぞ。各地の鎮圧に向かった兵を戻し王都防衛に全力を尽くすべきかと!」
「何を言ってんだ! そんなことをしたらそれこそ王都を取り囲まれるだろうが! だったら公爵領を目指しこちらも進軍するべきだ!」
「その間に王都が陥落しては意味がない!」
将軍はブルボを押しのけトワレに向かい叫ぶ。
「王妃様! 私は王国防衛の指揮で手一杯、公爵領へ向かう軍を指揮できる者も今はおりませぬ! ここは防衛に徹するべきです! ご決断を!」
「指揮なら俺が…!」
言いかけるブルボに閉じた扇を差し制止させトワレは続ける。
「一人おるではないか。公爵軍殲滅部隊を任せられる者が」
トワレの言う人物に心当たりの無い将軍が聞き返す。
「その様な者が…?一体それは…」
「第二側室の子、あの悍ましき豚よ」
トワレの采配を聞きつけて第二側室と第四王子が作戦会議室へ乗り込んでくる。
「トワレ!…様! 私の息子を死地へと送り込もうとは! 正気の沙汰とは思えませぬ!」
苛つきながらハイヒールを打ち鳴らし、いやらしい声で喚く第二側室。将軍も第二側室に続きトワレに進言する。
「そうですぞ! もし第四王子様に万が一の事があれば王国を継ぐ者が絶えてしまいます!」
「妾は我が王と息子らに全幅の信頼を置いておる。有象無象の反乱貴族なぞに遅れをとったりなぞせぬわ。それとも何じゃ? 我が王と息子らに戦死せよと申しておるのか?」
凍るような視線を将軍へ突き刺しそして目を逸らす将軍。
「いえ…そう言うわけではございませぬが…万が一という事もあります故…」
「そうなればケイトに国を任せれば良い。将軍風情が王位継承に口を出すでは無い」
奥歯を噛み悔しそうに黙り込む将軍の横から、第四王子が気持ち悪くしゃしゃり出る。
「では王位継承権のあるワタクシが言わせてもらぉう! ワタクシは行かないゾ! ワタクシが死ねば王国の損失だからナ!」
そしてハイヒールを高速で打ち鳴らし第二側室も続く。
「そうです! トワレ…様は軍の指揮に関しては何もわかって居られないご様子。ここは将軍の進言通り王都へ兵をお戻しなさいませ!」
「黙れ」
低く冷たく冷酷な殺気の籠ったトワレの声にその場にいる全員が凍りつく。
ハイヒールの音も鳴り止み静寂が作戦会議室を包み込む。
「妾は王より王国の全権を委ねられておる。妾の言葉は王の言葉。それに反するのは王への反逆だと思え」
第二側室、第四王子、将軍、さらにはブルボまで固唾を呑む。
「ブルボ・ジーリオを参謀に任命し、第四王子を将として公爵軍殲滅を命ずる。逃げれば死罪。以上じゃ」
トワレの命令後ブルボは早速隊を組み進軍の準備にかかる。
第四王子は逃げ出そうとするがブルボや他の王国に忠誠を誓う騎士や兵達に取り押さえられ無理矢理馬に跨がされ出陣して行った。
その様子をバルコニーに立ち見送るトワレとケイト。
冷たい風が母娘の噛みを靡かせていた。
「ジーリオおじさま…ご武運を…」
俯き目を閉じ無事を祈るケイト。そしてトワレを見上げ疑問を投げかける。
「母様…どうしてあの豚を将にしたのです? どう考えてもジーリオおじさまの方が…あ! もしかしてこの戦であの豚を…!?」
その問いにトワレは厳しい視線をケイトに送りながら答える。
「妾はその様な考えであの豚に将を命じた訳では無い。妾は奴とその背後に居る者達に最後の機会を与えたまで。もしこれで奴が武功を挙げ戻って来たのならば身を引く覚悟で送り出したのだ」
トワレはより一層瞳を凍てつかせケイトに目を合わせた。
「良いかケイトよ。何事を成すにも信念と覚悟が必要じゃ。覚えておくのだぞ」
そう言い残しトワレはバルコニーから王宮の中へと戻って行った。
ケイトは唇に人差し指を付け頭に疑問符を浮かべながら呟く。
「信念と覚悟…?…難しくてちょっとわかんない…」
ブルボ達はロゾー川を南下し流れの緩い浅瀬に浮き橋を設置し、大回りで公爵の領地を目指す。
そして川の先の荒野で公爵軍と会敵すると戦闘が始まる。
剣と剣がぶつかり合う音、魔法による爆発音、倒された者の断末魔。
様々な音が飛び交う中ブルボは兵に的確な指示を送る。
「左翼! 魔法の気配! 警戒せよ!」
全員が魔法攻撃に身構える中、背後から第四王子の気持ち悪い声が響いて来た。
「ばかモノ! 右から敵兵が来てるでは無ぃか!」
第四王子の指揮棒の指し示す先には確かに敵兵が近付いて来てはいたが、魔法攻撃を防いだ後でも十分対応出来る距離であった。
しかしその的外れな命令に全員が一瞬そちらに目を向けてしまったため魔法攻撃を完全に防ぐ事が出来なかった。
炎魔法による爆発と延焼により王国軍は大打撃を受ける。
「何をしているのダ! 無能共めがぁ!」
一番安全な場所で馬上から気持ち悪い大音響を撒き散らすだけの無能が、自分の事を棚に上げて罵倒してくる。
ブルボは敵兵を倒しながら兵を鼓舞し続ける。
だがブルボの奮闘も虚しく王国軍の士気は徐々に下がり始める。
夜になり戦闘が落ち着くと兵達は束の間の休息を取る。
ゴツゴツした荒野の地面に体を横たわらせたり、岩にもたれ掛かり眠るブルボ達を横目に第四王子は持って来させていたテントを建てさせ、その中で一人気持ち悪いいびきを外まで響かせながら眠りこける。
その様子を見て士気が下がらないはずも無く王国軍は次第に公爵軍に押されて始めるのだった。
そして出陣から数週間が過ぎようとしていた。
ブルボや王国に忠誠を誓う騎士達により踏ん張り続けてはいたが徐々に前線は下がり数日の間にはロゾー川まで達する様相であった。
「ふむ…どうやら我が王らが帰還するまでに敵軍は王都に達しそうじゃの」
冷静に戦況分析するトワレに将軍は声を荒らげる。
「何を落ち着いて居られるのです王妃様! このままではいけませぬ! 万が一の事も考え第四王子様だけでも王都へ帰還させましょうぞ!」
トワレは凍るような瞳で将軍を見据える。
「貴様はそれで良いのか? 公爵軍殲滅は勅命である。逃亡し戻った時どうなるか軍の将である貴様ならわかっておろう」
将軍は言葉を失う。顔から血の気がなくなっていくのもわかる。
「そうじゃ。もし逃げ戻れば奴に待つのは死罪のみ。奴の身を案ずるなら武功を挙げ戻る事を願っておれ」
作戦会議室の前でそれを盗み聞きしていたケイト。
「あの豚のせいでおじさま達が苦しんでいる…あたしも力にならなきゃ!」
胸の前で右手を握り締めると、部屋へと走り薙刀を手にする。
そしてそのまま部屋を飛び出し戦場へ向かおうとした時、ケイトの腕を何者かが引っ張り引き戻される。
何事かと振り返るとそこには第三側室の姿があった。
無表情で狂気の籠った瞳でケイトを見下ろしている。
「離しなさい! あたしはおじさまを助けに行くの!」
「子供一人行った所で何が変わる訳でも無いわ」
「それでも! あたしは行くわ!」
掴まれた腕を引き剥がそうとするケイトの腕をもう一度引っ張り、第三側室は抑揚がなく感情の籠っていない声でさらに続ける。
「戦場に行くと言うことは人を殺すこと。それをあなたの母やジーリオ家当主が望むかしら」
「あなた何を言っているの?」
そう言うとケイトは第三側室の手を振り解き顔を見据え毅然たる態度で静かに言う。
「母やジーリオおじさまがどう思うかなんて関係無い。あたしはあたしの思いで戦いに行く。それを邪魔するなら敵であろうとあなたであろうと殺してでも行くわ!」
はっきり言い放ち眼光鋭いケイトのその瞳には迷いなど一切無く、確かな信念と覚悟とそして狂気が宿っていた。
その目を見た第三側室は膝をつきケイトに目線を合わると、両肩に手を置き自らの狂気の籠った瞳でケイトを見る。
「いいわ。なら…あなたにしかできないことを教えてあげる。体の小さいあなただからこそ出来ることを。来なさい」
第三側室は立ち上がると自室へ向かう。そしてケイトも素直にその後をついて行った。
戦闘の前線は王都から歩いて半日の荒野、公爵の邸宅はさらにそこから半日。
王都から公爵の邸宅までは丸一日の距離である。
その日の深夜公爵邸に小さな一つの影が現れた。
見張りを掻い潜り庭へ侵入した影はさらに庭木に身を隠しつつ邸宅を目指す。
大の大人では隠れられない小さな植木でもその小さな体を隠すには十分。それを活かしつつ庭の見張りもやり過ごし裏口へ回る。
そこは邸宅の厨房であり、小さな窓があるだけだったが小さな影が通るには十分な大きさだ。
タオルを窓に押し当てガラスを破りそして侵入した。
小さな影はスマホを取り出すと手早く操作し邸宅の見取り図を表示した。
足音を立てないため靴を脱ぎ裸足になると、見取り図に記されている公爵の部屋へと迷わず向かっていく。
邸宅内の見張りは多くなく小さな影は見つかること無く公爵の寝所への侵入に成功する。
静かに扉を閉めベッドへと近づく。
ベッドの上には大きないびきをかき眠る小太りの男。小さな影はスマホで顔を確認する。
この小太りこそ公爵で間違いなかった。
確認が終わると胸元から短刀を取り出し鞘から抜き出すとギラリと鋭く光を反射する。
そして静かに起こさない様に公爵の上に跨り、両手で持った短刀を振り上げ迷い無く全体重をかけて公爵の喉仏に突き刺しその喉を欠き切った。
血飛沫が舞い小さな影がその返り血を浴びる。
公爵は喉を欠き切られたため声も出せず呼吸も出来ずしばらくもがいた後絶命した。
それを確認すると小さな影はベッドから降りる。
窓から差す月光に照らされ、返り血を浴び血塗られた短刀を持って公爵を見下ろすケイトの姿がそこに映し出された。
夜明け前、前線で体を休めるブルボは物音に気付き剣を取り身構える。
しかしその目に映った人物に目を疑い驚愕の表情を浮かべた。
「ケイト…ちゃん!?」
そう、公爵邸からこの戦場まで戻って来たケイトの姿がそこにあったのだ。
全身に返り血を浴びその手には短刀とケイト愛用の薙刀。
「何が…あったんだい?」
ケイトは無表情のままその狂気に満ちた瞳でブルボを見据える。
「公爵と、その血に連なる者を抹殺して来ました」
嘘では無い事は直ぐにわかった。全身の返り血は一人や二人だけのものでは無い。
「公爵と将軍が交わした密書もスマホで撮影して送りました。現物もここに。おじさま…終わりにしましょう。私はそのためにここまで来ました」
静かに凍るような声で言うケイト。
異様な雰囲気を感じ取り休んでいた騎士や兵達も集まってくる。そして皆ケイトのその姿を見て絶句する。
「俺達が不甲斐ないばっかりに…こんな小さな子の手を汚しちまった…」
地面を殴りつけるブルボ。そんなブルボを見てその顎を薙刀の柄で持ち上げるケイト。
「顔を上げろブルボ・ジーリオ! 私は私の意思で信念と覚悟を持って行動したのだ!貴様も貴様の信念と覚悟を見せんか!」
それはまさに王の覇気、王の風格だった。
ブルボをはじめ集まった騎士や兵達は驚きのあまり声を失う。しかし皆、心に中に熱いものが湧き上がってくるのがわかった。
「母様ならきっとこう言うかなって、真似しちゃいました」
ブルボは血塗れの笑顔でそう言うケイトの頭を撫でると直ぐにその前に跪き問う。
「我が主君、どうぞご命令を」
ブルボに倣い騎士や兵全員が一斉に跪く。
ケイトは敵軍のいる方角を向き薙刀で指し示す。暁の光が薙刀の刃を鋭く美しく光らせる。
「我が軍は公爵軍残党の殲滅に向かう! 全軍進め!」
ケイトはそう叫ぶと敵軍目指して駆け出した。そしてブルボも剣を抜き叫ぶ。
「ケイト様に続け!」
『おおー!』
全軍の鬨の声が暁の空に響き渡り空気を震わせる。ケイトの背中を追い王国軍は地鳴りの様な足音を立て敵陣へと向かっていく。
そして誰も居なくなった荒野のテントには一人いびきをかき、尻を掻き眠りこける第四王子の姿だけが取り残されていた。
眠りこくっていた公爵軍は王国軍の暁の攻撃に足並みが揃わない。
そんな公爵軍を一気に押し返し形勢が逆転する。
ケイトもその小さな体で見事に戦う。同じ長柄の武器相手にいなして、いなして隙ができた所を仕留める。
大人の力に敵わなくてもその力を受け流せば無力も同じ。この動きは第一側室に箒でいなされて完敗したあの時の経験が活きていた。
そんなケイトに魔法攻撃が飛んでくる。しかしそれに気づいたブルボがケイトに届く前に処理する。
ケイトとブルボは視線を合わせ頷くとまたそれぞれ敵へと向かって行く。
そして公爵軍に公爵一族暗殺の報がもたらされ、さらなる動揺が広がり始める。
一体誰がどうやって。その答えは目の前にあった。全身返り血を浴びたケイトだ。
公爵軍は戦慄する。あんな小さな少女が。
そして薙刀を振るうその小さな体が何よりも大きく恐ろしい存在に見え逃げ出す者が現れた。
恐怖は次々伝染していき公爵軍は完全に瓦解する。
だがケイトやブルボ、その他王国軍は敵を逃さず徹底的に、誰一人残さず倒して行く。
そしてついに敵の完全殲滅が完了し、公爵領を接収。
無能な将による数週間に及ぶ戦闘は、真の王の導きにより僅か数時間で勝利を納めたのであった。
公爵領接収の知らせが王宮の作戦会議室に届く。
「何だと!? 公爵軍を殲滅し領地を接収!? それで公爵は!? 何ぃ!? 暗殺だと!?」
あまりの情報量の多さに混乱する将軍。
それを横目に冷静なトワレは小さく満足そうに呟く。
「さすが妾の娘よ」
連絡を終えた将軍は未だ信じられない様子でスマホを見る。
「数週間続いた戦闘がいきなり決着…!? しかも王国軍が…なぜだ…」
「何じゃ? 我が軍が勝利すると都合の悪い事でもあるのか?」
思わず口をついて出た言葉を責められ口籠る将軍。しかし直ぐ気を取り直し鼻息荒く胸を張る。
「し…しかしさすが第四王子様ですな! これで次の王は第四王子様に決定ですかな?」
「貴様、妾の申した事をもう忘れたのか? 将軍風情が!」
思い出したかの様に口に手を当てトワレから顔を逸らす将軍。
「ならば第四王子の母である私が申しましょう!」
いやらしい声と気味の悪いハイヒールの音が近付いてくる。
「公爵軍相手に勝利を納めたと言う事はその軍を率いた私の子の武功! もはや誰も我が子の王位継承に反対できますまい!」
「はーい、反対しまーす」
得意気に高笑いを上げる第二側室の後ろから声が聞こえて来た。
醜く歯を食い縛り第二側室が振り返る。そこにはブルボとブルボに抱かれたケイトの姿があった。
「俺も反対しまーす」
そう言うとケイトとブルボは顔を見合わせ笑顔を交わす。
第二側室はハイヒールを踏み鳴らし二人に向かって叫ぶ。
「お黙り! ガキや部外者の出る幕では無いわ! 我が息子の家臣の分際で!」
「うへ…あんな無能の家来になるくらいなら俺妹に家督譲って隠居するわ」
ブルボは心底気持ち悪そうにそう言うとケイトを優しくおろしその前に跪く。そして手を取りその手の甲に口付けする。
「我が主君はただ一人。ケイト様だけでございます」
そう言われて血塗れで真っ赤な顔をさらに真っ赤にするケイト。
その様子を見て将軍と第二側室はやっとケイトの異常に気付く。
「何だ…? 何でそんな血塗れなのだ…!?」
「お…悍ましい…」
第二側室のハイヒールの音が高速になって行く。
「将軍、公爵が暗殺されたのは聞いたろ?誰がやったか…わかるよな?」
ブルボに言われ驚きのあまりたじろぐ将軍。信じられない様子でケイトを見る。
しかしまだ理解していない第二側室は話を王位継承に戻す。
「そんな事はどうでもいいのです! さあ! 我が子を! 次の正当な王をここへ!」
まるでミュージカルをしているかの様に大袈裟に手を広げ第四王子の到着を待つ第二側室。
「あの豚ならまだテントでいびきかいてたわ」
「いつまで寝てんだろうなあの無能」
そう、第四王子はあの後も眠り続けテントで置き去りにされていたのだ。
その事実を知り第二側室はあんぐりと口を開け放ち、そして狂った様に喚き散らす。
「なぜ! なぜ武功を挙げた将を戦地に置き去りにするのです! それがどれほど不敬な事かわかっているのですか!」
「だからそれが答えだろ。奴を連れ戻ろうとした者は一人としていなかった。つまり奴を仕えるべき主君として見ていた者は皆無だって事だ」
第二側室は歯軋りをしハイヒールの音が今までになく早くなる。
そこへ助け船を出す様に将軍が話し始める。
「そんな子供が公爵を暗殺したとは到底信じられん! これは第四王子を陥れる陰謀に違いない!」
そう叫ぶとトワレの方へ振り向き続ける将軍。
「王妃様! こやつジーリオはケイト王女を利用し国家転覆を企てる謀反人ですぞ! 即刻処刑するべきです!」
将軍はブルボを指差し叫ぶ。
「そうです! トワレ…様! 今すぐ決断なされまし! そして我が子を王に!」
「それ反対します」
第二側室の背中から抑揚のない感情の籠っていない声が突き刺さる。
またも醜く歯を食い縛り第振り返るとそこに立っていたのは第三側室だった。
「貴様ぁあ! 何の恨みがあって反対するにですかぁあ!」
第二側室のハイヒールはついに限界を迎えヒールが折れ倒れかける。そして怒りのままそれを脱ぎ床に叩きつけた。
「恨み?あんな気持ち悪い息子を後宮に連れ込んですごく気持ち悪かった恨みがあります。あと付き纏われて気持ち悪かった恨みです」
狂気の籠った瞳で第二側室を見据え、続ける第三側室。
「それからケイト様の挙げた武功、暗殺術を手解きしたアタシが証言します」
「第三側室が…!? トワレに与したと言うのか…!」
もはや自分の立場も忘れトワレのことを呼び捨てにし出す将軍。
第二側室がハイヒールの無くなった素足をペタペタと打ち鳴らし喚く。
「ええい! 例え側室と言えど貴様一人の意見で覆ると思うなぁあ!」
「ほほほ。ではアタクシも反対させて頂こうかしら」
ねっとりとした声と共に第一側室が作戦会議室の中へ入ってくる。
「アタクシお掃除が大好きでしてね? この間はケイトちゃんとお庭で薙刀と箒でお掃除してましたの。ですから今日は後宮のお掃除をお手伝いさせて頂きますわね。すっきりしますわよ?」
第二側室の耳にこびりつく様にねっとり、ねっとりとした声で話す第一側室。
「ね? だ・い・に・さ・ま?」
第一側室は最大級の粘り気を込めた声でとどめをさした。
次々と反対と言われ頭を掻きむしりながら首を振り回しす第二側室。
「もう良いもう良い! 貴様らの意見などどうでも良い!」
掻きむしりボサボサになった髪を振り乱しトワレに詰め寄り指を差す第二側室。
「結局はコイツが認めるかどうかよ! 我が子は確かに兵に人望は無いかも知れない! しかし! 将に任命したのはお前! そして我が子は勝利を納めた将に違いは無いはず! さあ認めなさい! もし王やお前の息子が戦死した場合我が子を王にすると!」
「そうじゃの。貴様の言うことは最もじゃ。奴を公爵軍殲滅の将に任じたのは妾。そして惰眠を貪っていたとは言え逃げ戻りはしなかったからの」
将軍と第二側室の表情が変わる。勝利を確信した顔だった。
「奴が王の血を引いていればの話だがな」
その言葉に将軍と第二側室の表情がくるりと変わる。全てを見透かされ恐怖する顔だ。
「く…苦し紛れに何を言うのです! さあ! 次の王に私の子…」
「あは!その意見反対よ!」
今度は乾いた笑い声と共に反対の声が聞こえ、第二側室はもはや何を言っているのかわからない喚き声を撒き散らす。
次に現れたのはスマホ片手に入ってきた第四側室だ。
「私、スマホで遊んでたらたまたま偶然あなたが将軍と逢い引きしてるのを見たの。あなた達親子の想い出になると思ってちょっとドアを開けて動画を撮っておいたわ」
何度も瞬きをして乾いた笑みを見せる第四側室はスマホを操作しその動画を流した。
『とにかく何か手を打ちなさい! 私にとってもあなたにとっても王の親となるまたと無い機会なのですから!』
『そうですな…私とあなた息子である第四王子になんとしてでも王座に就かせなければ…お任せください。まだ策はありますとも』
「ね? 結構良く撮れてるでしょ? 想い出としてこの動画あなたのスマホに送っておいてあげるわね」
乾いた嘲笑をしながらスマホを操作し、しばらくすると第二側室のスマホの通知音が鳴った。
第二側室はスマホを叩き付けハイヒールを履いている踵でスマホを踏み抜く。
「あは! あとケイトちゃんから公爵ちゃんと将軍ちゃんの仲良し文書も送ってもらったからトワレ様にプレゼントしちゃうわね!」
何度も瞬きをしながらスマホに映る公爵との間で交わされた密書の画像を見せつける第四側室。
その横でケイトが血塗れの現物の密書も何かの令状を見せるように広げていた。
将軍と第二側室は万策尽きこの場から去ろうとするが、後ろの入口にはケイト、ブルボ、そして三人の側室達が立ち塞がりそして目の前には全権を委ねられた王妃。もはや逃げ場は無かった。
「第二及び将軍は不義を働いた故追放。そして貴様らの子も職務放棄のため追放。以上じゃ」
簡潔に処分のみを言い渡しトワレは作戦会議室を後にする。
「いやあぁあぁああああ!」
第二側室は膝をつき髪を振り乱し大声で喚き散らし、将軍は観念したのか黙り込み俯いている。
そして元第四王子の追放者は処分された事も知らずまだテントでいびきをかいていた。
全てが終わった翌日、ブルボとトワレはバルコニーに出て暖かな風に吹かれながら話していた。
ブルボはバルコニーの縁に軽く腰掛け、トワレは姿勢良く立ち川向こうを見ている。
バルコニーの下の庭ではケイトが薙刀の稽古をしていた。
「いつ第二側室の子が王の子じゃないと気付いたんだ?」
「最初からじゃ。第二は奴が生まれる以前より後宮の内外で将軍と密通しておった。しかし王には知らせおらぬ。奴が18になるまでは妾も黙認しておった」
意外な言葉に少し驚き目を大きくするブルボ。
「成人するまでは目を瞑ってやってたのか。氷のじょお…王妃様と言われてるのに意外と人情があるんだな」
ブルボの人情発言は無視しつつトワレは続けた。
「18になっても奴は後宮へと出入りし、最近では第三に付き纏う様になり目に余るのでな。粛清する事としたのじゃ」
「あそこでゾロゾロ側室が入って来たのも偶然じゃないよな?」
「当然じゃ。元より公爵軍を討ち果たした後第二と将軍と奴らの子を弾劾する手筈になっておった。妾と側室らは反目しておったが領地と爵位を餌に懐柔したのじゃ。反乱貴族の空いた領地をやると言ったら二つ返事で了承しおったわ。現金な奴らじゃの」
トワレは表情には出さないが少し楽しそうに言う。それに気付いたブルボも無言で口角を上げた。
「第一にケイトの薙刀の稽古をつけさせ、第四に公爵の動向と邸宅の見取り図、そして第二と将軍の不義の証拠を押さえさせた。第三にはいざとなればケイトにその暗殺術を手解きする様伝えておいた」
そう言うと少し空を見上げてさらに続ける。
「暗殺はあくまで最後の手段だったが…妾の見通しが甘かった」
「俺ももっと出来る事はあったかもなぁ…」
しばらくの沈黙の後風が吹き抜けトワレの髪が靡く。
「しかしあの子の成し遂げた事を否定はせぬ。そして誰にも否定はさせぬ。そしてこれから先あの子に同じ事をさせたりはせぬ。これはこれからの妾の信念と覚悟じゃ」
「だな! その覚悟俺も乗らせてもらうぜ」
そう言うとブルボは剣を取り腰に携える。
「帰るか。すまぬな。そなたの領地も大変であろうに」
「気にするな。部下も妹も早く王都に行ってこい! って感じで送り出してくれたしあいつら実は俺より強いしな」
トワレに向かい白い歯を見せるブルボ。
「そなたの妹にも宜しく伝えておいてくれ。また茶会でもしようぞ」
「ああ、言っとくよ。んじゃケイト様に挨拶してから領地に戻る。じゃあな」
そう言うとブルボはケイトの元へ向かっていった。
庭で薙刀の稽古をしているケイトの背中から世界で一番聞きたくない悍ましい気持ち悪い音が聞こえてきた。元第四王子の追放者だ。
「おぃ! ケイト! ワタクシは今兵に追われてぃる! ワタクシを匿え!」
ケイトは聞き流し薙刀を振り続ける。
自分の後ろとケイトを何度も見ながら早くしろと言わんばかりに気持ち悪く足をジタバタさせている。
「おぃ! 聞いてぃるのか!? 兄上様が兵に追われてぃるんだゾ! 何とも思わなぃのか!」
ケイトの腕を掴み自分の方へ引き寄せようとする追放者だったが、ケイトはそれを受け流し薙刀の柄を追放者の足にかけその場に倒してみせた。
無言でそして無表情で薙刀の切先を追放者の喉元に突き付ける。
追放者を見下すケイトのその目には狂気と殺意が宿っていた。
追放者はあまりの恐怖に失禁しながら後退りをする。
そしてケイトがその喉を欠き切ろうとしたその時腕を大きな手で掴まれ阻まれた。
振り向くとそこにはブルボが立っていた。
「おじさま…」
「ケイト様、そんな奴の血で手を汚してはなりません」
言われて薙刀を持つ手を下ろし俯いて目を閉じた後、踵を返し王宮の方へ歩き出す。
「後は任せます」
「は! 仰せのままに」
ブルボはケイトの背中にお辞儀をすると追放者の方へ向き直り見下ろす。
追放者は胸を撫で下ろす。
「良くやったゾ! 褒めてやる! 貴様を取り立てて王都近くに領地を与えてやる! だからまずはあの生意気なガキを殺してこぃ!」
追放者は気持ち悪くケイトの背中を指差しブルボに命令する。
ブルボは剣を抜き追放者に向ける。
「やれやれ…醜いねぇ…お前、豚以下だよ」
そう言うとブルボは剣を振り上げる。
王宮へ歩みを進めるケイトの背中から悍ましく気持ち悪い音が響く。
「待て! やめろ! ワタクシは王国の第四王子! ワタクシを殺せば貴様も…っ」
悍ましく気持ち悪い音はそこまでで途切れケイトは振り返る事なく背中で全てが終わった事を悟る。
バルコニーで見ていたトワレは全てが終わった後、扇を閉じて王宮の中へと戻っていった。
この後程なくして反乱貴族は全て鎮圧され真に王国は統一され、性能が控えめのスマホが一般市民に解放されて爆発的に普及した。
側室制度は廃止され元側室三人はそれぞれ与えられた領地へ赴き貴族としてそれを治め、王国防衛の一助となる。
制度改革もなされて、2年に一度貴族家は王家に対し人質となる子女を遣わさなければならない。男子なら王国軍の一員として2年間配属され剣技と魔法が授けられ領地へと戻る。
女子には一般層や男性貴族に与えられる物より一線を画す高性能で高機能なスマホを与えられ、王家が用意した部屋の中でほぼ軟禁状態となる。
男子は王国軍の一員となる事で国へ対する愛国心と忠誠心を養い、女子はスマホで情報を扱う専門知識を身につけるためこの様な体制となった。
貴族の格に合わせ監視する者の格も上がりジーリオ、ピオニー、ペオーニアの場合最高格である王家の姫が監視を担当する。
2年間の滞在費、領地から王都までの路銀は基本的に貴族家の持ち出しである。
これは貴族家の資産を程よく削り王国へ反旗を翻す事を防ぐ目的もある。
ただし王国防衛の要であるジーリオ、ピオニー、ペオーニアの三家の滞在費は王国持ちとなった。
そして6年後。
14歳になったケイトの元にブルボの娘が王国の人質として王都へとやってくる。
彼女の名前はアリサ。ケイトと同じ14歳であった。




