はじめてあなたの笑顔を見たとき
年下に緊張している自分が情けなく、そして、向こうも困るだろうなと思った。
「新入社員の中で君が一番年上だし、君がリーダーでいいよね?」
「はい……」
「緊張しいだと面談でも言っていたけど、それでも他はみんな年下で社会人経験あるのは君くらいだし、何も心配することはないよ」
「が、頑張ります!」
が、他の新入社員の書類を見てみたら……明らかにさん付けしたくなる威圧感ある子が、一人いた。
先に聞いておいたメモと一緒に確認すると、うん。普通に年下。新卒。
でもなんだかシンプルに、いかついというか怖そうなんだが?
そして研修初日、彼に自己紹介の番が回ってきた。
「……よろしくお願いします」
見た目通りのドスの効いた低い声。動かぬ表情筋。スーツがはち切れんばかりの恵まれた体格。
事前に見た経歴では体育会系だったから、見た目はいかつくても中身は明るいタイプかもと期待していたのだが……目が合った瞬間、思わずビクッとしてしまった。これは絶対怒らせちゃいけないタイプの人間では?
まとめ役なんて引き受けるんじゃなかった、と後悔しても遅かった。
それから数日。私は彼に話しかけるたび、心臓が早鐘を打つ羽目になった。
「今、課題の話してもいいですか?」
「……はい」
「みんなで確認したいので、後でちょっと集まれます?」
「……わかりました」
怖い。なんでこんなに怖いんだろう。別に怒ってるわけじゃないのに、この無表情と低音ボイスが、もう。
他の子は普通だし、別に彼もリアクションが薄いくらいで研修中はもちろん、休憩時間にも他の新人と普通に雑談してる姿を見かけた。
だから私も緊張しないようにしないと……。
そう思っても緊張してしまう自分に悩んでいた、そんなある日の昼休み。
給湯室で自分のコーヒーを淹れていると、彼がぬっと現れた。
「あ、あの……」
「あ、あれ? どうかしたんですか?」
何か気に障ることしちゃったかな、と身構える私を見て悲しい色が瞳に浮かんだ気がした。
「……リーダー」
「は、はい!」
「俺、怖がられてるの、わかってます」
「え」
「昔からよく言われるんで。慣れてますけど」
そう言って、彼は少しだけ視線を落とした。そのとき初めて気づいた。彼の大きい体が少し寂しそうに見えることに。
「そんな、怖がってなんか……」
「嘘つくの下手ですね」
「うっ」
図星だった。そっか。悲しい思いをさせていたのか。心底申し訳ない気持ちになる。
だって彼は何も悪くない。私が勝手にびびっていただけなのだから。
「ごめんなさい……」
「いえ。ただ、俺なりに頑張るんで。皆の邪魔にならないように」
「そんな! 邪魔じゃないよ!」
慌てて否定すると、彼は少しだけ驚いたような顔をした。
そして少し間を置いてから、ぽつりと言った。
「……ついでなんですけど、年上なんだしこっちに敬語じゃなくてもいいですよ? 俺らも微妙にどうしたらいいか分かんなくて」
「ええー? そう、なんだ?」
「十分すぎるほど気を遣ってるんですから、大丈夫ですよ」
「急にタメ口になったら……イラっとしない?」
「少なくとも、俺はしません」
コーヒーを淹れた彼がこちらへ向き直るとほんの少しだけ、口角が上がっていた。
――え。今の、笑顔?
初めて見た。こんな柔らかい表情、できるんだ。
「じゃあ、失礼します」
「あ、待って」
まだリーダーとして言わないといけないことがある。彼の腕を引っ張って引き止めた。
「その、私こそ……もっとちゃんとまとめられるように、頑張るから。全然邪魔じゃないからね。一緒に頑張ってくれる?」
彼は少し驚いたように目を見開いて、それから。
「……はい」
もう一度、小さく笑った。
その日から彼が怖くなくなっていた。
むしろまた笑顔が出ていないか、つい彼を目で追うようになっていた。




