ep.8
悪戯な風が僕の頬を撫でた。僕の鼓動は随分と速まっていた。
ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。呼吸を整えるのに何分もかかった。飲み込まれてしまいそうな夕日がこちらをじっと見ている。暗くなってしまう前に、拠点へ戻った。
コンクリートの拠点は必要なものだけで出来ている。部屋はいくつかあって、水回りや、僕の部屋。そして、渚さんの部屋。渚さんの部屋だけは目を向けないようにしている。研究所が解散になった後も研究が出来るように、と作られたラボもある。でもラボはもうずっと使っていない。ラボも、渚さんの部屋も、使われていた頃のまま放置されている。きっと埃をかぶってしまっているだろう。でも、扉に触れたら、しまい込んだすべてを思い出してしまう気がした。思い出す必要は、もうない。ただ、それだけだった。
お腹がきゅるり、と鳴いた。少し思い返すと、眠ってしまっていたから昼ご飯を食べていない事に気が付いた。僕は倉庫に行き非常食を無造作に一つ拾い上げ、リビングに戻って缶を開けた。もう二年も同じ三種類の非常食を食べているから、あまり美味しく感じなくなってしまった。でも、食料と寝床の心配は一切しなくていいのは有難い。水もそうだ。渚さんが死ぬまでは知らなかったが、どうやら地下に浄水場があるらしい。渚さんは僕が一人になっても問題ないようにこの拠点を建てたのだろうか、なんて考えてみる。でも本当の答えは、どうあがいても僕には知り得ないものであることを思い出した。だからまた、考えるのを辞めた。




