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ep.7

 ぼんやりとした意識の中、僕は映像を見ていた。


「僕、研究者になる」


 これは、きっと、今日の朝見た夢と同じようなものである気がした。この時の僕は『研究者になる』と言えば、僕には踏み込むことの出来ない渚さんの世界に踏み込むことは出来ずとも、ほんの少しだけでも近づける気がしていた。

 僕がそう言った瞬間渚さんの顔色が、はっきり変わった。ただでさえ鋭い眼がより一層鋭くなる。僕には分かった。これは、いつもの冷静な渚さんじゃなかった。


「………………ふざけるな」


 それは、恐ろしく低い声だった。僕は、渚さんと暮らし始めてから初めて、己の感情を剥き出しにした渚さんを目にした。いつもは冷静沈着で、まるで血が通っていないぐらいに冷たくて、人間味の無いあの渚さんが、初めて人間味を見せた瞬間だった。そして、渚さんは僕の胸倉を掴み、鋭い瞳で僕を切ってしまいそうなぐらいに睨みつける。渚さんの手は、なぜか震えていた。


「あそこが、どういう所か分かって言ってるのか⁉」


 僕は何も言い返すことが出来なかった。渚さんの瞳の奥は、怒っているはずなのにゆれていて、どこか悲しそうな眼をしていた。僕には、あの時の違和感がいつまで経っても忘れられない。


「二度と、そんなことを口にするな」


 渚さんは、僕の胸倉を掴んでいた手を離し、リビングを出て行こうとした。でも何故かそこで立ち止まり、渚さんは深く息を吐いた。きっとあれは、怒りを吐き出すための呼吸だったんだと思う。そして、渚さんは僕に背を向けたまま言った。

「俺が、ここまで言っても、お前は研究者になりたいとほざくなら、俺の助手なら許す。だが、条件がある。俺が出す課題を全て完璧にこなせ。理由は聞くな。」

 温度の無い言葉が、一つずつ積み上げられていく。僕は頭の中で、『保護者のくせして、どうしてこうも非情な奴なんだ、どうして子供の夢を否定するんだ』と言っている自分と、『渚さんにも、何か理由があるんだよ』と言っている自分が居た。

 後者の自分を信じられず、僕は言ってしまった。


「やる。渚さんが拒絶しても、僕は、やるよ」


 僕は、その時の僕は、何でこう判断したのか分からない。

 何で、渚さんの言うとおりに研究者にならない道を選ばなかったのか分からない。そうしていれば、そうしてさえいれば、もっと早く、渚さんの事を、知れていたのかもしれないのに。その時の僕は、拒絶された痛みしか見えていなかった。


 僕は、渚さんの事を冷たい人だと思っていた。残酷な人だと思っていた。

 でももしかしたら本当は、違ったのかもしれない。


 僕がやる、と返答した後、渚さんはすぐに自分の部屋に入っていってしまった。ドアが勢いよく閉まった音がした。その直後、ドンっ、と机を殴る鈍い音がした。同時に、渚さんの嗚咽が聞こえた。その事だけは、はっきりと憶えていた。


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