虫の一生
私は時空を飛ぶ蛍のように、今を生きてく。丸の内のビル群が星空のように輝いている。夜の皇居は、長く続くアリの群れ。本当の星は進歩の結晶に囲まれ見えないけれど、結局、やることなんてソクラテスの生きてた時代と一緒。同じ方向にぐるぐると、毎日飽きもせず同じ道、同じ警備員、同じ時間で、彼らは回っている。
貴方は、私の知らないことを私に教えてくれるけど、知らないことを素直には認めないのね。指摘したら、すぐにその赤ワインに合う高級ステーキを切る手を止めて、イタリアで買った肌触りの良さそうな自尊心を緩めるの。そして貴方は、眉根を寄せてこちらを睨め付ける。
その空気で、貴方の部下は蛇に睨まれた蛙になるのでしょうね。貴方の奥さんも静かになるんでしょ?睨まれるのは慣れているから、なるべく大人しく節目がちに見えるように彼の薬指の日焼け跡を眺めてた。
でも、1秒たりとも無駄にはできないと左手につけている虚栄心の手錠を貴方は確認するほどに、貴方は私との時間が勿体無くなってしまったのね。
今日はこれで終いだと、席を立つ。まだ、スリランカコーヒーのアフォガード飲んでないのに。貴方への恋心は無かったけど、昂っていた気持ちが解けていく。
丸の内の一等地にあるホテルを気まずい空気のまま出て、背徳的で刹那的なこの関係は、投げつけられるように渡された数枚の薄っぺらな印刷紙で終わりをつげた。
今日は、2時間かけてあの家から抜け出してきたのに。まだ、あの赤ワインの酔いが残っているのか、少しおぼつかない足取りで、皇居から日比谷公園まで歩く。
時刻は21時を過ぎたころだというのに、まだこの場所は人がぐるぐる回っている。幼い頃遊園地で見た観覧車のように、派手な格好をした馬みたいなふくらはぎした似たような人々がぐるぐるぐるぐる。
...気持ち悪くなってきた。15cmの青い劣等感が靴擦れを起こし、生ぬるくビルから吹いてくる風で白い空虚感がひらひらと肌にまとわりつく。脚を交互に出すのもつらく、横断歩道でギブアップして、日比谷公園の近くのベンチに座った。
あたりを行く人々は、スーツを着た人か、暇そうな観光客、そして同業者。ここにいる人は新宿より多様性がない。毎日同じ道を歩き、同じ人と顔を合わせ、同じ行動を取ることがモットーな人たち。多分あの人もその一員だろう。
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いつの間にか眠っていたのだろう。しかめ面したうさぎが回転グルマを回る夢を見ていた。
起きたところで何か変わるわけでもなし、酒に潰れてベンチで寝ている人間などこの街では珍しくないのだろう。誰もわたしが起きたことに気もとめず、似たような人間が右から左へ歩いてる。
もう終電も過ぎている。諦めてタクシーに乗ることにする。あーあ、ここから家まで2万円は超える。
帝国劇場の辺りでタクシーがちょうど人を下ろしていたので、入れ違うように強引に乗車した。
運転手は、ここは普通のタクシーではないと言った。そんなことは知ったことではないのよ。私はお姫様なの、かぼちゃの馬車がなくなったから代わりに御者だったトカゲさんを使うのよ。意地悪なあの屋敷へ12時の鐘がなる前に戻らないといけないの。
この子、強引だなぁと、トカゲはいったけど知らないわ。あそこへ早く戻すのよ。そうしないといじめられるから。
その家は神奈川県にあって地元では有名な地主だった。代々金物屋を営んでいた。幼い頃は何不自由なく笑って過ごせていたと思う。いじわるな母親がくるまでは。私が5歳の時、父はなぜか新しい女を連れてきた。つれごもいて、私より2個年上だった。
当然、私はいじめられた。食事も私の分だけ少なく、お風呂も冷めた残り湯だった。掃除も洗濯も私が全部行っていた。この家から逃げ出すことだけを考えて金を貯め、成人して思い切って東京へ出た。
神奈川でも山の奥だったから東京の景色は綺麗で、ショーウィンドーに飾ってあるアクセサリーも、同じ金属なのに、金物屋で見たにぶい鉛色とは全然違ってた。
東京に来て7年、流石に一回は帰ってやろうと思って、今日このタクシーに乗ったのよ。
道中、タクシーの運転手が何やらブタクサ行っていたので適当に相槌を取ってあげつつ、目的地に着いたようだった。
見慣れた路地を曲がって、自分の家が見えると思った。
でも、何も無かった。もう何も無かった。
あれ、、、。おかしい。この電柱を左に曲がって、、あれ。なんで。なんで。酔いは一気に覚めた。
あの家を見返すために、ここまでやってきたのに。なくなったら元も子もないじゃない。
膝に小石が食い込むのも厭わず、私は倒れた。流れ落ちる後悔で表層は崩れ落ちた。そこで私の意識はまた途切れた。
朝になった。自分の部屋にいた。憂鬱な気分とは反対の爽快な日常だった。窓からは低い空しか見えない狭い私の1ldkにいた。
目の前に変な格好をした2人組がいなければ、また日常が始まるはずだった。
「...ハァーーーーイ!!憂鬱な気分にさようなら!!」
「未来を変えよう!過去を変えよう!!のお時間でーす!」
司会はァー、わたくし、きりたっぷと! ぐっちゃんでーーーぇす!
そこには、ノリの効いたド派手な黄色い背広と真っ赤なズボンを履いた背の高い金髪の男が、ゆるっとしたシャツを着た黒髪の男にツッコミを入れ、漫才がはじまった。
なぜ私の家に?誰?不審者?昨日のは夢だった?今もまだ続いている夢?
「君は、困惑しているようだね。間違ってまだこの世界にはないものになってしまったからね。我々はそのために派遣されたのだよ。本来なら免許不携帯でしょっぴくところだけど、」「初回限定サービスだ」
「はい!ビビデバビデブー!」」
背の低い方が私に対して何かをスプレーした。またもや夢見心地の刹那、彼らの話す声だけがどんどん遠くなっていく。
「全く、これだから令和人は。騒ぎ立てるだけ立ててフリーライドしやがる。これは来世のツケだな。」
「この前のお盆に、ちょっと田舎に寄ってみたけど、仲直りはできなかったわ。あいかわらずあの家は私に対して意地悪ね。」
私は、今日も丸の内ブリックスクエアで、友達と見せかけの高級感を楽しむ。
どんとはれ。
ぐしちゃんときりたっぷの紹介です。スリランカは日本人観光客が多かったです。アフタヌーンティーが3500円でした。




