消費
書きかけです。忙しいのかやる気ないのか頑張って終わらせます。
俺たちは時間を金で買っている。今食べてる480円のコンビニのコロッケサンドだって、家で肉から作ると原価は安くなるだろうが、時間がかかる。だから、多少金を消費しても封を切ればすぐ食べられるような奴を選ぶ。
Mは昼に公園のベンチに座ってサンドイッチを食べるこの時間を気に入っていた。昼休憩はいつもここに来る。繰り返す似たような1日のうちで一番、新鮮なひと時だ。
パシュッと空気が収縮する音が向こうから聞こえた。音の先から、おーい、おーいと、誰かを呼ぶ声がする。
「遅れそうになったから時間戻してついたよー、まったー?」
Mの座っているベンチの反対側の向こう側から、大学生くらいの男2人がこちらへ歩いてくる。
「おいおい、お前またトンだのかよ。今月何回目だよ。」と呆れながらも、声の主の方へ向かっている。
声の主は車の中から呼んでおり、降りようとしてハッと気づいた。「わりーわりー、あ、料金払わないと。いくらだっけ?」
毎日見慣れている光景だ。Mは食べ終わった袋をベンチ横のゴミ箱に投げ捨て、料金交渉の現場を横耳しつつ、自分もその車の後ろにある自分の職場へ向かった。
通りすがり、車のダッシュボードの上下につけられた声の主の乗った時間と現在を表す針をチラッと見て、Mは少し頭の中で計算した。2時間で980円か。カラスだな。まあ、この辺りは学生が多いしこれでも稼げるのか。運転手も期待を裏切らない金額を相手に提示したようで、声の主は料金を支払って友人の元へ車を降りて行った。
今の時代、本当の時間さえも金で換える。便利な世の中になったものだ。
Mは謂わゆるタイムトラベルタクシーの運転手だった。タクシーは普通、X軸の二次元的な交通手段でしかなかったが、今の時代、そこにz軸も加わってしまったんだから、当然計算が面倒になる。てなわけで、国のなんとかってお偉い省が、時間移動旅客輸送車規制法とかいう法律で、定められた休憩処で待つことなっている。
さっきの運転手と最近の稼ぎについて話していた、客がきた。若い女と老婆の2人組だ。
「おにーさん、大阪万博に行ってくれない?」
「いいよ、どっちの方だい?万博は二つあるんでね」
「そうだっかしら。ちょっと1975年3月15日の大阪の方よ。行ってくださらない?万博前でなくてもいいから。はいこれ、通行許可証。」
こんなふうに、旅行気分で歴史的事件を体験することだって今じゃふつうなのだ。値段は張るが。この女たちは、どうやら太陽の塔を見に行くつもりらしい。
この場合、現在と万博日、現在地と万博地の二つの計算が必要になる。その方が歴史改変リスクが抑えられるんで、ペナルティを喰らわなくて済む。
まあでも、万博みたいに有名な時間観光地であれば、停留所があるんで楽だ。
南春日丘のあたりの場所の停留所がつけられているからそこへ移動し、停車した。
どの時間がいいかはおまかせなそうなので、Mはその辺りの時間になったら、ゆっくり進むことにしている。
1日目、2日目と続いて、1970年4月14日、ちょうど万博が開催されて一ヶ月の前日が良いそうなので、そこで止まって会計を済ませる。Mは慣れた手つきで目の前にある二つのメーターを数えて、幾らか計算してお客に金額を掲示する。
客は、以前2025年の方の万博を見てから、こっちにも来たくなったようだ。ともづれの老婆も懐かしいわねというふうに万博を語っているから彼女は80歳くらいなのだろう。
客が降りたのを見届け、Mは少し当たりを散歩する。またここで客が帰るのを待つもよし、狩場を変えるも良しだが、大阪万博はかなり人気の観光地なのですぐに次の客も捕まるだろう。そのためあまり焦らなかった。
思えばこの時の日本は景気が良かったんだな。至る所でブランド物が目に入る。ラジオから聞こえるニュースも、明るいものばかりで、〇〇物産がとある海外の会社を子会社化したなど、上げ調子である。
道歩く人は肩幅がすごい広い服を着て、男はオールバック、革靴で決め、女は真っ黒な眉毛と真っ赤な口紅、短いスカートと目のやり場に困る。
そういえば2025の万博は行ったが、こっちは行ってないな。試しに行ってみるかと、入場料は800円であった。なんだ2025より、6000円も安いでないかと驚きを隠せない。インフレが進んだなぁ。当日券の列に並ぼうと思ったが、当時大阪万博の当日券の列は後世にはテーマフレーズの「人類の進歩と調和」をもじって、「人類の辛抱と長蛇」といわれるほど、悪条件かで長時間たったまま並ばされる。この日も、6時間待ちと書いておりこりゃ酷い、あの人たちは入れたのかと驚きを感じる。
まあ、今は、時間遡行前提の前売り券の販売が行われていたりするから、そこで買ったのだろう。
私も、同僚からここの回数券が余ったからと、一枚入場券は持っているので、使おうと思う。
入るとすぐに太陽の塔が見えており、その前にあの客2人がいた。普通に観光しているようだったので良いが、ちょくちょく、この時代に合わない姿のものがあり、同じように暇を潰している同業者もみると、なんだか、むかついてくる。
ちょうど、海外旅行に行って白人しかいないのに黄色人種かつ日本人にあった気分である。あの気まずさは元来同調圧力が強い日本人からはみ出たものが海外に行きがちというものなのに、似たようなものを見つけて結局は自分も数多の平均的な日本人のままであるのかと見せつけられるのと同じであろう。
Mは客がソ連館に入っていくのを見てついていった。
短編で書いてたやつをシリーズ化しました。
東欧への旅行はタイムトラベルタクシーを使わなくても無事間に合いました。楽しかったです。




