第18-4話 世界破滅組曲壱章・影宵《えいよい》
宵は、光が死にきる直前の名だ。
昼でも夜でもない、その境界にのみ棲める影がある。
鴉は、そこにいた。
一般のそれより一回り大きな体躯。
闇を拒むように輝く、純白の翼。
右の眼は世界を測る黄金、左の眼は命を刈り取る紫紺。
嘴に咥えられた淡緑のオーブが、微かに脈動するたび、空間そのものが軋む。
観測者のしもべであり、同時に、ルシウスの意思を載せた神。
鴉は羽ばたかない。
宵の空気そのものが、自然とその高度を保っていた。
眼下に広がるのは、壊滅を免れた世界の残骸。
瓦礫は沈黙し、血は乾き、死はすでに声を失っている。
――遅すぎず、早すぎず。
すべては、予定通り。
黄金の右眼が、未来を読む。
紫紺の左眼が、過去を刈る。
その間にある「今」を、淡緑のオーブが保持する。
世界は、この鴉を認識できない。
だが、世界の歪みだけは、確かにそれを“見て”いた。
影が伸びる。
宵の名を冠する影が。
鴉の影は、地面に落ちない。
それは瓦礫の隙間、崩れた記憶、忘却された時間の縁にだけ、静かに染み込んでいく。
まるで、世界そのものに“影という概念”を再定義するかのように。
淡緑のオーブが、わずかに輝度を上げた。
――ルシウスの意思が、流れ込む。
言葉ではない。
感情でもない。
それは、「進め」でも「止まれ」でもない、ただの“理解”だった。
鴉は首を傾げる。
その動作ひとつで、宵が深まる。
地上では、もはや神が刃を振るう必要はない。
空にも、虚無は裂けていない。
癒しの光は、すでに世界に馴染み始めている。
――だからこそ。
この宵は、必要だった。
黄金の眼が、遠くを見る。
紫紺の眼が、影を選ぶ。
鴉は、世界の“裏側”へと滑り落ちる。
それは降下ではない。
世界が、鴉に追いつけなくなるだけだ。
宵は、音を立てない。
だが確かに、影は鳴いていた。
次の幕が上がる、その直前で。




