第16話 滅びぬ想いに観た幻影
お久しぶりです。まっちゃです。更新遅くなってすみません!
静寂。世界は微かな息を潜め、ひび割れた空間の隙間から白い光が揺らいでいた。
灰色に濁った大地も、崩れかけた空も、すべては止まり、ただ静かに呼吸しているかのようだった。その中心に、アリナは立っていた。
肩まで垂れた銀白の髪が微弱に光を宿し、指先から放たれる光の粒子が、周囲のひび割れをかすかに補修する。世界は、彼女を中心に形を保とうと歪み、呼応していた。
胸の奥に、鈍い痛みが波打つ。光も虚無も、影も、すべてはまだ物語の中で渦巻いているのに――なぜか今、幼い日の残像が胸を刺す。握る兄の手、夕焼け色の空、笑い声と泣き声。誰も傷ついていなかった、まだ何も壊れていなかった時間の感触。
「……なんで、今になって……」
声に出すと、胸の痛みが少しだけ鋭さを増す。まるで、過去の自分が今ここに触れようとしているかのようだった。目を閉じると、世界のひび割れの奥に別の景色が滲む。白い光の中で幼い自分が、怯えた瞳でこちらを見上げていた。
光は逆流し、心の奥底から感情を引きずり出す。それは優しさや悲しみだけではなく、後悔、恐怖、孤独――”アリア”が避けようとしてきたすべてだった。微かに震える胸を押さえ、アリナは静かに息を吐く。過去の残滓は、決して消えない。今ここに立つ自分を、知らず知らずのうちに揺らしていた。
――光が、動く。
世界のひび割れを縫うように、影が滑り込む。
黒鳥の羽音も、足音もない。ただ、空気が冷たく震えた。
「……揺らいでいるな、光神アリナ」
声は柔らかいけれど、心臓に直接触れるような重みがあった。
闇の縁から現れたのは、操影者。純白に輝く翼を、肩の鴉は羽ばたかせた。
その姿は、どこか懐かしく、どこか異質。アリナの胸の奥で、忘れかけていた記憶が疼いた。
「過去の残滓……見えるか?」
操影者の問いは、拒絶でも命令でもない。ただ、事実を確かめるような響きだった。
アリナは視線を落とす。胸の奥に張りつく光の残像――握る兄の手、夕焼け、笑い声、泣き声――
すべてがまだ壊れていなかった時間の欠片。
「……私は、もう見ないふりはしない」
声を震わせながらも、言葉に力が宿る。
「ルシウスも、ルプスも、私も……“普通の子供”だった頃のことを」
鴉が黄金を爛々と滾らせ、操影者は読めない笑みをかすかに描いた。
「変わりはしない。過去は、終わった光景だ」
「うん。でも……思い出すことは、間違いじゃない」
アリナの胸に光が集まり、ゆっくりと輪を描く。それは記憶の扉であり、未来へつながる鍵でもあった。
光が静かに、しかし確実に揺らぎ、世界の縁を裂いていく。
アリナの視界は、白く輝く輪を通じて、幼い自分が泣きじゃくるあの時間へと引きずり込まれた。
ひび割れた空間の奥で、小さな影が縮こまっている。
怯えた瞳、震える肩、何もできない自分――その姿は、今のアリナの心に重く触れた。
光は逆流し、優しさだけでなく、恐怖と孤独、後悔をも引きずり出す。胸の奥に、鋭い痛みが走った。
「怖かったんだね……」
アリナは膝をつき、幼い自分の前に静かに手を差し伸べる。
小さな手は震え、光を避けるかのように引っ込める。
しかし、アリナは焦らず、ただその手を温かく包み込むように握った。
「大丈夫。私が、守る」
その言葉と共に、光が弾けた。白銀の光が幼いアリナを包み込み、消え入りそうな恐怖を押し流していく。影の隙間に潜んでいた漆黒の存在も、わずかに羽ばたく黒鳥の翅に反射して揺らめく。
幼い自分は、光に吸い込まれ、そして溶けていく。
「――これが覚醒なのか」
アリナは立ち上がり、胸の奥で何かが確かに満たされる感覚を覚えた。
それはもう、“光神アリナ”として世界に立つための第一歩だった。
操影者は影の縁で静かに見つめ、微かに唇を動かす。
「…―――、―――――……。」
――――深く沈む宵の奥、黄金と紫紺は、虚無へと沈んだ。




