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死期近き王国  作者: まっちゃ
幕間 廻りだす運命と変わらない命運
25/28

第-1話 創まりの記録簿

こんにちは。まっちゃです。 ..書くことがないです。助けてほしい。

小鳥のさえずりで目を覚ます。窓からは暖かな光が差し込み、僕に朝を教えた。

布団を飛び出し、隣の布団で眠るアリアを起こす。それから、階段を駆け下り、両親に挨拶をする。


「おはよう、ルシウス。早いのね」

母は笑いながら、木匙で鍋をゆっくり回していた。スープの湯気が朝日に透けて、虹みたいな色をつくる。


父は支度を整え、腰に縄をかけながら僕の頭を軽く撫でる。

「今日もアリアを頼んだぞ。あの子はお前がいないと、すぐどこか行っちまうからな」

この時はまだ、父もオーブなんてものに執着していなかった。


後ろから階段を下りてきたアリアが、むっとした顔で父をにらむ。

「行かないもん……」

眠気の残るその声が可笑しくて、僕はつい笑ってしまう。


玄関の扉を開けると、草の香りが風と一緒に流れ込んできた。村の中央へ続く道は、朝日に照らされて金色に輝いている。

この景色を見るたびに思う――僕たちは世界でいちばん平和な場所にいるんじゃないか、と。


アリアが僕の袖を引っ張る。

「ねえ、今日もあれやろ。森の奥の、変な石……また光るか見たい」

「昨日も見たじゃないか」

「でも、あれ……なんか呼んでた気がするの」


いつもより少しだけ真剣な声。

けれど僕は、その意味を深く考えなかった。


森の奥で光を放つ“あの石”が、この先の世界を変える引き金になるなんて――

このときの僕たちは、そんなこと微塵も知らなかった。




―――それは地獄のようだった。

並ぶ家屋は燃え盛り、大人や家畜は悲鳴を上げ逃げ回る。子供たちは自分に迫る危機の正体も知らず、逃げ惑う。断末魔が聞こえ、ようやく我に返る。

―逃げなきゃ。

即座に反対側へ走り出す。アリアの声が聞こえ、振り返る。手をつなぎ、再び走り出した。――――




森へ向かう道すがら、村の子どもたちが石畳の広場で遊んでいた。

木の棒を剣に見立てて戦いごっこをしている子、川で小魚を追いかける子、畑仕事を手伝う子……それぞれが当たり前の朝を生きている。


「ルシウスー!今日もアリア連れて森行くのか~?」

ひとりが声を上げると、ほかの子もわらわらと僕たちの周りに集まってくる。


「森は危ないぞー!」

「昨日は石、光ってた?」


アリアは胸を張り、得意げに言った。

「光ってたよ。ね、ルシウス」

「……ああ。ちょっとだけ、ね」


本当は、あれは“光った”なんて簡単なものじゃなかった。

まるで呼吸をしているように脈動し、僕たちの影を引き寄せていた。

でも、怖いとは思わなかった。

きっと、僕たちがまだ子どもだったからだ。


子どもたちに手を振って別れ、森へ続く小道を歩き出す。

緑が濃く、鳥の声が重なり合い、どこまでも穏やか。

足元の土は柔らかく、湿った匂いが心地よい。


アリアはふと、空を見上げた。

「ねえ、ルシウス……最近、空が変じゃない?」

「え?」

「昨日も……光の模様みたいなのが見えたの。雲じゃなくて、もっと……えっと……ひび割れたガラスみたいな……」


僕は空を見た。澄んだ青空。ひびも、模様も、何もない。


「見間違いじゃないかな。ほら、寝不足だったし」

「むぅ……そうかも」


アリアは頬をふくらませて歩幅を早めた。

僕も追いかける。


――このとき空に亀裂なんて入っていなかった。

でも、“いつか本当に入る”としたら、それはアリアの方が僕よりずっと早く気づくのだろう。


そんな未来のことなんて、まだ知らないふりをしていた。


森に近づくにつれ、空気がひんやりしていく。

昼間だというのに、木々の影は深く、風が吹くと葉のざわめきがまるで囁き声のように聞こえた。


「ね、ルシウス。帰ったらさ……母さんのスープ、またもらえるかな?」

「どうだろ。昨日みたいにこっそり味見したら怒られるぞ」

「怒られてもいいもん。あれ、美味しいから」


アリアは笑いながら、僕の前にぴょんと飛び出した。

その笑顔が無邪気すぎて、僕は胸の奥がほんの少しだけあたたかくなる。

こんな日々がずっと続くものだと――本気で信じていた。


木漏れ日が揺れ、葉の影がアリアの髪に落ちる。

彼女の銀に近い淡い髪が、光を吸うようにきらきらしていた。


「こら、走るなよ。転ぶから」

「だいじょうぶー!」


そう言いながら、案の定アリアは石に足を引っかけて転びそうになる。

僕は慌てて手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。


「ほら、言っただろ」

「……ありがと」


アリアは照れたように微笑み、僕の手を握ったまま歩き出した。

幼い僕たちには、それがただ“手をつなぐ”という行為以上の意味を持っているなんて分からなかった。


どこか遠くで、小さな獣の鳴き声がした。

森は今日も生きている。

僕たちの知らない時間を、ゆっくりと、確実に積み重ねながら。


「ねえ……今日も、光るかな」

「分からないよ。でも、もし光らなくても――」


僕はアリアの手を少しだけ強く握った。


「僕たちで確かめればいい」


アリアは嬉しそうに頷いた。

風がそっと吹き抜け、二人の間を通りすぎる。


――この穏やかさが、永遠に続くように願いながら。

けれどその願いとは裏腹に、森の奥からは微かな脈動が聞こえていた。


それは、まだ幼い僕たちが“運命”という言葉を知る前から、ずっとそこにあった。




――息が切れてきた。倒れるようにして、地面に腰を下ろす。僕が握っていたアリアの小さな手は黒く焦げ、腕だけになっていた。

「―――――――..?」

何故だか温度が急激に下がったような気がした。視界の端に映る髪は、白銀であった。――――




「ルシウス、どうしたの?歩かないの?」


アリアの声が、霧のような悪夢をゆっくり押しのけた。

気づけば僕は立ち止まっていて、握ったままのアリアの手を少し強く握りしめていた。


「……あ、いや。ちょっと転びそうになってさ」


自分でも分かるほど、声が震えていた。

アリアは不思議そうに首を傾げるだけで、その震えに気づいていない。


「気をつけてよ。ルシウスが転んだら、私までこけちゃうじゃん」


そう言って、アリアはくすっと笑った。

その笑顔が眩しすぎて、胸の奥に残る悪寒が一瞬だけ薄れる。


森の入口に差し掛かると、木々のざわめきがまた優しい音に聞こえ始めた。

たった今まで見ていた“焦げた手”も、“白銀の髪の影”も、

全部ただの夢だったのだと思いたくなる。


「ねえねえ、今日こそ!あの石に触れるかな?」


アリアが跳ねるように言う。


「触っちゃだめだよ。母さんにも言われてるだろ?」

「むー……見るだけ。見るだけだから!」


そう言いながらも、アリアの声には期待とわくわくがあふれていた。

僕は深く息を吐き、胸のざわつきを誤魔化す。


――アリアの手は温かい。

さっき夢の中で握っていた“焼け焦げた手”とはまるで違う。


違って当たり前なのに、なぜか確認せずにはいられなかった。


「よし、行こうか」


声を整えて言うと、アリアは嬉しそうに頷き、森の奥へと踏み出す。


一歩進むたび、光が葉に反射してきらきらと揺れる。

その景色があまりに美しくて――さっきの悪夢が本当に“ただの夢”に思えてくる。


けれど、胸の奥で何か引っかかる。


白銀の髪。

焦げた手。

凍えるような空気。


“あれは本当に夢だったのか?”


そんな問いを自分に向けるたび、森の奥で光る石の脈動が、

どこか“現実と夢の境界”を揺らしているように思えた。


それでも、アリアが手を引く。


「ほらほら、ルシウス、早く!」


「はいはい……そんなに急がなくていいって」


彼女の笑顔につられて、僕は歩く速度を自然と早めた。


脈動は……まだ遠い。

今はまだ、この平和が残っている。

そう思い込みたくて、僕はアリアの手をもう一度だけ強く握った。



―――よくみれば、僕の体格は大人のものになっていた。目の前で腕となっているアリアも、少女時代のものではなかった。黒く焦げたその腕には、古代の文字列が光となって刻まれていた。―――



「……ルシウス?ぼーっとして、どうしたの?」


アリアの声が、霧の中から現実へと引き戻してくれた。

気づけば僕は、さっきまで掴んでいた“焦げた大人の腕”と同じ位置で、

今は幼いアリアの小さな手を握っていた。


「……いや。ちょっと、眩しくてさ」


アリアは首をかしげてから、太陽の方を見上げる。


「うーん、そんなに眩しいかな?今日はいつもより光がやわらかいよ?」


そう言って笑う。

その笑顔を見ていると、悪夢で見た“少女ではないアリア”の姿が一瞬だけ重なり、

胸の奥がじんわりと疼いた。

僕は無意識に、彼女の手を離してしまう。


「ルシウス?」

「ご、ごめん。ほら、早く行かないと石の場所、先に誰かに見つかるかも」


誤魔化すように言うと、アリアはぱっと表情を明るくした。


「えっ、それは困る!早く行こ!」


アリアは駆け出す。

僕はその背中を追いながら、心の中でそっと息をついた。


さっき見た光景――

大人の自分、焦げたアリアの腕、古代文字の光。

まるで未来を切り取ったような映像。

けれどここには、そんな未来を思わせる要素なんてひとつもない。


ただ、鳥の声と風の音。

森の奥から響く弱い脈動だけが、唯一の違和感だ。


「……夢、だよな。あんなの」


呟いた声は風に溶け、誰にも届かなかった。

それでも胸の奥に残るざらつきは消えない。

未来の断片なのか、ただの悪夢なのか。

判断できないほど曖昧で、冷たくて、ひどく現実味があった。


アリアが振り返り、大きく手を振る。


「ルシウスー!はやくー!」


その声に、胸の痛みはほんの少しだけ和らいだ。


今はまだ――

僕らには時間がある。

そう信じたくて、僕は彼女の元へ駆け出した。



―――走れど走れど、あたりは炎の海だった。腕だけとなってしまったアリアを、それでも離すことはできなかった。離してしまったら、もうそこですべてが終わる気がした。 死を背後に感じながらも、”安全”を求めて僕は、アリアとともに走り続けた。 比喩ではなく、死ぬ気で。―――



「ルシウス!?どうしたの、急に止まって……!」


肩を強く揺さぶられて、僕ははっと息を呑んだ。

走り続けていたはずの足は、気づけば森の細い獣道で固まっていた。

目の前には、腕のある――いつものアリア。


荒くなっていた呼吸を整えると、視界にちらつく“炎”はすっと消えた。


「……ごめん。ちょっと、また眩しくて」

「今日、変だよ?ほんとに大丈夫?」


アリアは僕の腕を掴む。

その指は小さいのに、なぜか“失いたくない”という温度だけは、大人の夢の中と同じだった。

僕は喉の奥がひりつくのを感じながら、笑ってみせる。


「大丈夫。ほら、石を探すんだろ?」

「……うん。でも、無理しないでね」


アリアはまだ心配そうに僕を見つめたまま、歩き出した。

その背中を見送る一瞬、僕の掌にはまだ“焦げた腕の感触”が残っている気がした。


この森は、いつも通り。

空も、風も、陽の匂いも、何ひとつ変わらない。

でも――


「なんで、あんな夢……」


呟いた声は、さっきの炎の海よりもずっと冷たく、自分でも驚くほど震えていた。


それでも、アリアが振り返って笑うと、

その震えだけはたしかに遠のいていった。


僕は歩幅を合わせるように、アリアの隣に並ぶ。

今だけは、未来の影に触れなくていい。

まだ、ふたりには何も失われていない。

そう思いたくて、僕は彼女と森の奥へ進んだ。



―――奥へ奥へと進むほど、辺りは朽ちていった。木々は灰色の皮膚を剥がされるように崩れ落ち、地面は脈打つように沈み、腐臭とともに風が、どこからともなく逆流してくる。それなのにアリアは――楽しそうだった。

「ほら見て、ルシウス。全部、枯れちゃってる……!」

跳ねるたび、足元の灰が舞い、空へ吸い込まれるように消えていく。その姿は“当時のアリア”ではなく、いつの間にか大人に近づきつつあった。声だけが、あの頃のまま幼く響いている。

やがて、“光る石”があったはずの広場に出た。そこにはもう、石はなかった。 ―黒い影が、ぽつりと立っていた。

人のようで、人ではない。闇が人の形を模しただけのような存在。だがその腕だけが、異様に白かった。まるで炎に焼かれる前の“彼女の腕”を思わせるほど。

影は、その白い腕で――あの光る石を握っていた。脈動が、僕の心臓と同じリズムで鳴る。

その石は、まるで僕の名前を呼んでいるように震えていた。影がゆっくりと顔らしき部分をこちらに向ける。

「返して、ルシウス。」

声が二重に割れ、幼いアリアと大人のアリアの声が同時に重なった。

「あなたが、それを壊す前に。」

次の瞬間、僕の足元の地面がぱきぱきと割れはじめた。―――

何が現実で、何が夢なのか。はたまた、すべてが現実なのか。夢なのか。このエピソードを見ていることも夢なのかも。

ではまた、第-2話で。

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