第0話 巡る魂の子守歌
――光が揺らいでいた。
それは壊れゆく世界の兆しではなかった。
もっと静かで、柔らかく――しかし胸の奥に直接触れてくるような痛みを伴う揺れだった。
アリナはゆっくりと目を開く。
虚無と光が同居するその瞳に、幾筋もの残光が流れ込んだ。
自分が放った光も、ルシウスが撒き散らした虚無も、ルプスが踏み越えてきた影も。
全部がまだ物語の中に渦巻いているのに――
なぜか、今は“もっと前”のものが胸を刺していた。
「……なんで、今になって……。」
アリナの呟きに、黒い気配が答えた。
「“揺らいでいる”のだよ、光神アリナ。君の内側そのものが。」
音もなく、闇の縁から姿を現したのは、操影者。
黒鳥を従え、影を裂いて入ってくるその歩みは、重く、冷たく、どこか懐かしい。
「過去の残滓が見えただろう?
光が逆流し、心がほどけるように。」
アリナは視線を落とす。
胸の奥に張りついていた“光の揺れ”が、また脈を打つ。
――小さな手。
――夕焼けの色。
――笑う声。
――泣きじゃくる声。
――まだ、誰も壊れていなかった時間の感触。
ほんの一瞬なのに、鮮明すぎた。
「追うつもりか?」
操影者の問いは、静かに響き、拒絶でも嘲笑でもなかった。
ただ事実を確かめるような声音だった。
アリナはゆっくりと顔を上げる。そして、はっきりと言った。
「……うん。
私はもう、見ないふりをしたくない。
ルシウスも、ルプスも、私も……
“普通の子供”だった頃のことを。」
その言葉に黒鳥が羽を震わせる。
操影者の口元が、読めない笑みをかすかに描いた。
「変わりはしないぞ、アリナ。
過去は、もう終わった光景だ。」
「うん。
でも……思い出すことは、間違いじゃない。」
アリナは胸に手を当てる。
光がゆっくりと集まり、小さな輪を描いた。
それは記憶の扉であり、未来へつながる鍵でもあった。
「今の私たちは、
あの日の“始まり”を知らなすぎる。
だから、私は行く。
過去へ――私たちの“最初”へ。」
操影者は肩をすくめるようにして、影の奥へ一歩退いた。
「……好きにするといい。
光の神が歩む道は、常に戻らぬ片道なのだから。」
世界の光が逆巻く。
アリナを中心に、白い破片がふわりと舞い上がる。
それは時間の断片、記憶の結晶――そしてまだ語られていない“物語の入口”。
アリナは深く息を吸い込み、光へ飛び込んだ。
「行こう……。
あの頃の私たちが、まだ笑っていた場所へ。」
光がはじけ、世界が反転する。
ここから物語は――遡る。




