第15話 光神虚無共存理想
静寂。世界が息を潜めていた。崩壊しかけた第零宇宙の残骸は燻ぶる灰のように漂い、ひび割れた空間はゆっくりと軋む。
それでもなお、ひとりの少女が立っていた。
アリア。
肩まで垂れた銀白の髪は微弱な光を宿し、ただ立つだけで“世界側”が彼女を中心に形を保とうと歪む。
人が神を拒むように、神も人を拒む。
その狭間にいる彼女は、どちらにも完全には向けなかった。
「……兄さんは、どうしてそんなに遠くへ行っちゃったの」
胸元を抑え、目を閉じる。脳裏に焼き付いて離れないのは、白髪の青年――ルシウス。
世界を、因果を、自分自身すら壊し、“虚無”へ落ちた兄の姿。
彼の背を追っているのに、辿り着いたのは“何もない世界の断面図”。
光景に慣れることはなかった。
「私は……普通に、ただ兄さんと笑っていたかっただけなのに」
しかしその“普通”こそ、彼女にはもっとも遠い。
アリアは光の器。
光神の適性を持つということは、世界の構造と共鳴し、世界を“定義”してしまう存在だ。
強くなるほど、人間であることから離れてしまう。
だからこそ――彼女は怯えていた。
自分が神になってしまうことに。
兄と同じ“孤独”まで辿り着く未来に。
「アリア」
名を呼ぶ声。振り返る。ひび割れた空間の隙間から光の粒子が滲みだし、人影が歩いてくる。
砂嵐を割って現れたその男は、黒い外套に影を纏った存在。腕に巻かれた痕は血か、穢れか。
しかし彼は笑って言った。
「驚かせたなら悪い。君ひとりがここにいるのは危険だよ、アリア・ヴェノム」
アリアは息を呑む。
――ヴェノム。
兄と同じ“本名”。知る者はいないはずだ。
「あなた……誰?」
男は肩をすくめた。
「どう呼んでも構わないが……影を紡ぐ者。操影者と呼ぶ者もいる。君の兄が虚無に堕ちる前から、世界の裏側で動いてきた存在だ」
敵か味方か判別できない。
だが彼の気配は光でも闇でも虚無でもなく、どこか兄の残り香にも似ていた。
操影者は世界の亀裂に指をかざし、軽くつつく。
その奥に別の光景が映る。
白髪の青年――ルシウス。
虚無を纏い、世界の層を壊しながら歩く姿。
「兄さん!」
駆け出そうとした瞬間、操影者の指が肩に触れた。動きが止まる。
「行くな。今の君が触れれば、虚無に呑まれて消える」
アリアは悔しさに唇を噛んだ。
「でも、私しか兄さんを止められない……!」
「違う」
鋭く断ち切る声。
「君は“止めるため”に光を持ったのではない。光は君自身を救うためにある。ルシウスのために使えば、君も彼と同じ場所に落ちる」
「そんなの分かってる! でも、兄さんは――」
「君が世界を救うんじゃない。君が救うのは“君自身”だ」
心臓が痛むほど跳ねる。
分かっている。分かっているのに、認めたくなかった。
「私は……兄さんを置いていけない」
「優しいな。だから君は光神に選ばれた。だが“優しさだけの光”は脆い」
操影者がアリアの目元に触れた途端、視界が白に染まった。
――瞬間、アリアの意識は別の世界へ引きずられる。
真っ暗な空間。
その中央に、幼いアリアがうずくまっている。
兄を追いかけ、泣き、置いていかれ続けた少女。
弱く、光神の器とは思えないほど繊細な自分。
「見ろ。これが君の始まりだ」
操影者の声が響く。
「君は臆病で、泣き虫で、ひとりでは歩けない子供だった」
「やめて……」
「光神になるとは“自分の弱さと向き合う”ことだ。覚醒のために必要な過程だ」
アリアは拳を握る。
幼い自分は怯え、こちらを見ていた。助けを求めている。
――私も、こんな表情をしていたんだ。
「怖いか?」
「……怖い」
「なら認めろ。孤独も恐怖も弱さも、全部だ。そうすれば光は君のものになる」
アリアは幼い自分の前に膝をついた。
「……大丈夫。私が、あなたを守る」
触れた瞬間、光が弾ける。
幼いアリアは光に溶け、大人のアリアへ吸い込まれた。
操影者が呟く。
「――これが覚醒だ」
世界が戻った。
アリアはゆっくりと立ち上がる。
瞳は先ほどまでとは違い、光の翼のような輝きが背から広がっていた。
「……アリナ」
操影者がその名を口にする。
「君は“光神アリナ”へと至った。存在も名も変わった」
アリナは光る指先を見つめる。触れるだけで空間のひび割れが修復される。
「これが……私の力」
「そうだ。これは“兄を追うため”ではなく、“君が生きるため”の力だ」
アリナは顔を上げる。
遠い虚無の彼方で歩く白い背中に向けて。
「私は行く。逃げるためでも、すがるためでもない。私自身の意思で……兄さんを追う」
操影者は静かに見送った。
アリナは世界の外縁へ向かって歩き出す。
その歩みは迷いなく、光は揺らぎもしなかった。
「――光神アリナ、か」
操影者はその名を反芻し、唇の端を上げる。
「ようやく、駒がそろい始めたな」
その声は、光でも闇でも虚無でもない――
世界のどこにも属さない意志の響きを帯びていた。
今話で第2章が完結です!!
第3章も見てくださるとうれしいです!! 多分作らないことはないでしょう。




