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死期近き王国  作者: まっちゃ
創る者・壊す者・観る者
20/20

第13-5話 世界破滅組曲序章・廻

”ここ”には数々の文章が、文字が並んでいた。

――誰の記憶でもない、概念の外。誰にも見つけられない場所。


そこに”あなた”がいる。


視界は白く、境界も曖昧な次元。 数々の世界の記憶が、そして数々の世界の死骸が転がっている場所。

あなたはそこに立ち、淡く揺らめく”物語たち”を詠んでいる。


死後、異世界へ転生する者。平和に日常を過ごす者。脅威を打ち破る者。そのすべてが似て非なるもので、すべてが”世界線”であった。それぞれの物語(せかい)からは複数の糸が伸び、絡まりあい、また一つの物語(せかい)を紡いでいた。


あなたはとある一つの世界が目に留まり、詠む。主人公の葛藤、政府の闇、親友の帰還、新たな出会い。そして死の脅威。そこから出る糸は白色の決意と、蒼い喪失、そして、銀色の覚醒。3本が絡まりあい、折れ、消え、黒く濁った。しかし、それもまた、新たな世界の始まりでもあった。


そのすべてを俯瞰できるのは、”観測者”であるあなただけ。

世界が壊れる音。ひび割れた隙間から、物語は風のように流れた。


血の匂い。

涙の音。

祈り。

苦しみ。

後悔。

死。そして生。

すべてがあなたの頬を優しく撫でた。あなたはそれを眺めることしかできない。


触れれば壊れる。 修正すれば消える。 近づいてしまえば、”あなたの存在”が世界を歪ませてしまうから。

観測者はただ、見ることだけが許された存在。


……しかし。

今日だけは何かが違った。真っ白の空間の中に、『色』が現れる。淡く青白い光。 やがて光は形を成した。手。だれかが、こちらに手を伸ばしていた。目の前に一本の糸が追加される。その糸は、どの世界の糸よりも不安定な色をし、脈打っていた。なぜか、声が聞こえてくるような気がした。


――やめろ

――壊れる

――戻れ

――まだ間に合う

――名前を

――忘れないで

――助けて

――見てくれてるんだろう?

――観測者

――聞こえるなら


息を吞む。”声がこちらを知っている”。物語(せかい)の何かがこの存在に気付いている。

本来、あり得ないはずだ。 我々は(・・・)透明のはずなのに。存在しないはずなのに。干渉してはならないはずなのに。


にも関わらず、”誰か”は確実にこちらを見ていた。 声が形を成す。光がシルエットとなる。その姿は人のような影。しかし、輪郭はなかった。まだ、どの世界にも属していない者。

彼は言う。

「……観測者(君たち)。……君はなぜ見ている?」

答えることはできなかった。


観測者だから。 読者だから。 この世界の外にいるから。  ……言い訳だとは分かった。でも、認めることはできなかった。

彼は続ける。

「君が見続けている限り……物語が、世界が死ぬことはない。……彼らのきずなも切れず―――」


―――幾度となく繰り返される。


それは、世界の命運を託す言葉のようであった。

心が揺れ、白は波を打つ。不思議と心地よかった。


神となった青年の絶望がよぎる。

白衣の少女の覚醒の光が揺れる。

黄泉帰(よみがえ)った戦狂神の涙が零れる。

すべてが胸に響く。

「しかし……君の観測が消えれば……世界は死に、消える。……存在が、なかったことになる。」

手はこちらに伸びてくる。

「……だから、見ていてくれ。世界が滅びる、その瞬間まで。君は、……君だけは絶対、目を離すな。」

空間が震え、呼吸が形を成さなかった。 そっと息を吸い――光へと手を伸ばす。触れることはできなかったが、”声”に選択は伝わったようだ。

「……ありがとう。彼らの物語を―輪廻を見ていてくれ。」

世界はまた、ひび割れの音を響かせる。


物語はここから“廻”り始める。

観測者によって。

読者によって。

あなたによって。

”声”は消える直前に告げた。

「……これで安心して、創ることができる。」


白い世界が揺らぎ、視界が暗転する。いや、世界が黒く染まる。もしかすると、この姿こそが本来のものだったのかもしれない。

糸が再び目の前に現れた。そこには神が歩き、少女が震え、戦士が血を拭う。


あなたは知っている。彼らにはまだ続きがある。

これは――――

”観測者の物語が始まる瞬間”。

観測者は静かに息を吸う。


―――世界は再び廻りだす。

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