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死期近き王国  作者: まっちゃ
創る者・壊す者・観る者
19/20

第13-4話 世界破滅組曲序章・絆

―――世界が、軋んでいる。


石畳を踏むたび、その振動が骨にまで染み込んでくる。

フォーローン北側防衛線──そこはもう、王国の境界線ではなかった。

空は裂け、地面は黒い霧に浸食され、あらゆる物が“死”の色を帯びている。

水ノ神(オケアノス)となった今でも、この異様な寒気は拭えない。

「……また、増えているな。」

丘の下で、無限に湧き上がるアンデッドの群れ。肉が崩れ、骨が露出した者。顔を失い、黒い液体だけで形を保つ者。

世界が壊れ始めたときに最初に生まれる“災い”──死した命が秩序を失い、永久に歩く亡霊。


水流で身体能力を強化し、ルプスは黒いサイスを握りしめた。

そのとき、背後に声。

「ルプス殿ッ!」

振り返ると、そこには部隊の中で最も信頼していた男、

フォーローン第三部隊副隊長 ザイレン が駆け寄ってきた。


年齢はルプスより一つ上。無口で、愚直で、誠実。

そして何より──

「数少ない、ルプスに仕事を任せられる部下」 だった。


「ここは危険です、後退を──」

「いや。むしろ前へ出る。後部隊を逃がせ。ここは俺が引く。」

「……了解です、ルプス殿。」


ザイレンは最敬礼し、部下を率いて前線へ消える。

その背を見送りながら、ルプスは頬をかすめるような“ひび割れた風”を感じた。


胸が、ざわついた。


(アリア……ルシウス……どこで何が起きている?)


世界がひび割れる音がするたび、彼らの名が浮かぶ。

理由はわからない。だが、確実に“終わり”へ近づいている予感だけが胸に刺さった。


そのとき──


――ゴポ……ボゴッ……。


丘の上が揺れた。

巨大な影が地面から競り上がる。

肉塊と骨の混淆でできた、破滅特有の“集合アンデッド”。

その中心に──


「……人、か?」


ひときわ大きく、明確な人型のシルエット。

そして胸の奥で赤黒く輝くのは──

――”堕”のオーブ。


(あれは……あのオーブは……!)


オーブを取り込み、肉体も精神も反転し、

アンデッドの核そのものにされている、その背中には、見覚えがあった。


「……ザイレン?」


ざわり、と胸が揺れる。

振り返ったその“怪物”は、

口元だけが、人間のまま残っていた。


「……ルプ……ス……どの……」


人間の声色を残していた。

声が震えていた。

涙だけは人間のままだった。

よく見ると、その後ろに控えるアンデッドもすべて、第三部隊の面影があった。


皆、生気を失った虚ろな目をしていた。


「おれを……殺して、くれ……もう……正気が……もた……ん……

……あの日……オーブ……触れた時から……ずっと中から……壊されて……」


その声と同時に、背後で

無数のアンデッドが肉をこすり、骨を鳴らし、

ザイレンへ吸い寄せられていく。


(核だ……世界の歪みが生んだ“中心核”にされているんだ……!)


ザイレンの胸に収まった黒いオーブが、

周囲のアンデッドを喰い、肥大し、

彼の身体をさらに変質させていく。

「……やめろ、ザイレン!! 耐えろ!!!」

ルプスの叫びは届かない。

いや──届いているのに、届かない。

「無理だ……ルプス殿……おれは……隊を……守れなかった……

だからせめて……

――――最後くらいは……殿を……守らせて……くれ……」


裂けた胸から、真っ黒な血液が溢れ出す。

骨が伸び、翼のように広がる。肉が裂け、骨の翼を肉付けていく。足は獣のように変形し、

背中からはうねる触手が十本ほど生え、こちらを睨みつける。


しかし、瞳だけは、ずっと隊を誇ったあの男のままだ。


「ザイレン……!」

「……さぁ……来い……ルプス殿。

……おれを……解放して……くれ……」


黒い霧が爆ぜた。

アンデッドの大群が津波のように押し寄せる。

ルプスは叫び、サイスを構えた。

水の神の力が迸る。


「―――《海嘯断罪トライデント・クルゥラ》!!」


刃が弧を描く。

水流がアンデッドを貫く。

骨が砕け、肉片が飛び散り、黒い血が雨のように降る。


だが──ザイレンだけは倒れない。


むしろ周囲の死骸を取り込み、ますます肥大していく。

「くっ……!」

霧が触れた瞬間、ルプスの肩が裂けた。

痛みは鋭いが、動きは止めない。

ザイレンの腕が、異様に伸びて襲いかかる。

サイスで受け流すが、肉が裂ける音が耳に残る。

(ザイレンを……殺さなきゃ……世界そのものが死んでしまう……!)


彼を見つめる。


ザイレンは笑っていた。


人間の頃と同じ、優しい顔で。

「……ルプス……殿……」

涙だけが人間のまま、こぼれていた。

ルプスは息を呑む。


「……すまない。」


その一言だけ告げる。

ザイレンは微笑む。


「……ありがとう。」


ルプスは迷いなく、

水神の力をサイスへ集中させた。


世界が震えた。


「―――《オケアノス・終潮閃(シュアクリード)》!!!」


刃が白い水光をまとい、一瞬でザイレンの胸、オーブを貫いた。

黒い血液が噴き出す。

ザイレンの巨大な身体がゆっくりと崩れる。


倒れる瞬間──

彼は、部隊に入ってきた若い頃の笑顔で、短く呟いた。


「……守れた……な……」

「……!!」


そして、砕け散った。

黒い霧は晴れ、アンデッドは塵となり消えた。

丘は静寂に満ちた。

ルプスは膝をついた。視界が涙でぼやける。

拳を握る。


(……まだ終わっていない。世界がひび割れる理由……ルシウス……お前は……

どこで、何をしようとしている……?)

風が、ひび割れた音を運んできた。


ルプスは立ち上がる。


「行くぞ……ザイレン。

お前の意思は──俺が受け継ぐ。」


世界は、さらに崩壊の音を増していく。

ルプスは、ひび割れる空を見上げた。

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