第13-2話 世界破滅組曲序章・創
―――胸の奥が、ざわざわと揺れていました。
夕方の買い出しの時間は、いつも楽しいものでした。
今日の夕食はどうしましょう..とか、ルプスさんはお野菜を煮るよりも炒めたほうが好きでしたっけ..とか、そういうことで頭がいっぱいなはずでしたのに。
「――変ですね..。胸が、少し..痛いような..? 」
八百屋の前で足が止まりました。
風が吹いただけなのに、背中をひやりと、冷たいものが撫でます。
――ピシリ。
小さな音が胸の奥でなりました。 雷にも似た、でももっと、記憶に踏み込んでくるような音。
「―ひ..っ..!」
視界が白く弾けます。体が地面に吸い込まれるように沈みました。 倒れ込むその寸前、”どこか”が見えました。
――二つの影。
誰かの声。 でも、音でもなく、もっと、記号とかに近い..のでしょうか? 頭の中に直接流れ込んでくる”何か”。
(この感じ..私、知っているような..? )
思い出そうとした途端、激しい頭痛が私を襲いました。世界がぐにゃりと曲がり、―――――。
*
気が付くと、知らない天井でした。
「あれ..ここは..? 」
白衣を着た方が私を見て、安堵したように一息つきました。どうやら、村の病院みたいです。普段は回復担当のはずなの私が病院に運ばれるなんて..顔が熱くなってきました。
「アリアさん、大丈夫ですか? 」
「ふぇっ..は、はい。大丈夫..です..。」
よかったです、お大事に、と言い残し、お医者さんはまたどこかへ行ってしまいました。
それにしても、やけに現実のような夢を見ました。いえ、夢のような現実、だったのかもしれませんね。少し怖くなり、自分の胸に手を当てました。
――そこに、あるはずのない”何か”の鼓動を感じました。
「やっぱり、変ですね..。私、何かを忘れているような気がします..。」
指先に触れた鼓動は、自分のものではありませんでした。
もっと強くて、もっと大きくて、もっと―――――
( 創られたものの..反響..? )
何故でしょう。そんな言葉が浮かび上がりました。まったく意味は分からないし、なのに、確信がありました。 それに―――――世界が少しづつ、ひび割れています。
「ルシウス様、ご無事、でしょうか..。」
心がざわめくたびに、その名前だけが浮かびます。 理由は分かりません。でも、あの人がどこか、とても危険な場所にいると、まるで”決まっていること”のように思えるのです。そして、そのときには必ず、世界に異変が起こり始めます。最近の、あの巨大なアンデッドの騒ぎもそうでした。
私は立ち上がりました。
足は少し震えていましたが、それでも前に進みました。
―――ここから”創まり”が動き出す。
と、胸の奥の何かが、そう告げていたからです。
「行かなくては..いけませんね..。」
何処にかなんてわかりません。誰に行ったのかもわかりません。しかし、言葉にしなければいけないような気がしました。
世界のひび割れる音が、先ほどより大きく聞こえました。
「――私が、繋ぎます。たとえ..そのせいで―――」
―――すべてを思い出してしまっても。
その声はいつもの私の声ではありませんでした。
それでも、どこか懐かしく――――
まるで、世界が”創られる前の記憶”のように感じました。




