お絵描きアニマと、ちょっとした冒険
この世界では、人はひとつだけ、神から授かる力がある。
火を操る者もいれば、風を読む者もいる。
刀を強くする者もいれば、自分だけ透明になれる者もいる。
人々は、それを神祝福と呼んでいる。
私はジウイ、持っているギフトは“絵から小動物を呼び出す”こと。
正直、戦えないし、冒険者としては役立たずってよく言われるけど、ギルドにあるちょっとした雑用とか物探しとかの依頼には役立つので、とりあえず食べていくことは出来ている。
もちろん冒険者ギルドの依頼の花形であるモンスターの盗伐とか商人の護衛とかそういった依頼は荷が重すぎるので、サポートで参加させてもらうのがやっとなんだけどね。
「今日もフクロウのアニマ置いていくから、多分明日の昼ぐらいまでは大丈夫だと思うよ」
スケッチブックに書いたフクロウの絵をギフトで顕在化する。フクロウのアニマは軽く羽ばたくと慣れたように梁の上に止まり、納屋内を睥睨するように佇んでいる。
「この子のおかげで寝ないでネズミの番をしないで済んでほんと大助かりだよ、明日にはこの小麦も出荷だから今日まで毎日ありがとうね。一日早いけど今晩もフクロウがいるし問題無いでしょ」
そういって恰幅の良いおばさんは、にかっとした笑顔を浮かべて依頼書にサインをして渡してくれた。
出荷までの期間中納屋の小麦を狙ってやってくるネズミから小麦を護るという駆け出しの冒険者が行うような依頼だけど、アニマを描いて番をさせられるので私には相性ピッタリな依頼だった。
「また私にあった依頼があればよいけど」
そんなことをつぶやきながら村はずれの農場から村の中心にあるギルドへと向かう。
足元には、もふもふしたウサギのアニマがぴょんぴょんと付いてきている。
この子は特に役に立つってわけじゃないけど、かわいいかわいいなので癒し成分としてよく描いているのだ。
冬が来るとこの辺りは結構雪が深くなる。そうなると人の移動も減るのでギルドの依頼自体も少なくなってしまう。もちろん雪下ろしっていう冬ならではの依頼もあるのだが、非力な女の子としてはできればごめんこうむりたい。
そのためにもこの秋のうちに、贅沢しなければ冬を越えられるくらいの貯えを作って置きたいところである。
そんなことを思っているとギルドに着いたので、早速受付カウンターに向かいサイン入りの依頼書を差し出す。
「お、ジウイか、この依頼明日までだがもう終わったのか?」
「まあ、日頃の行いの良さってやつかな。明日までの見張りを置いてきたので完了でいいってさ」
「そうか、依頼達成おめでとう、報酬ちょっと待ってな」
そういって奥から持ってきた依頼の報酬金をカウンターに並べる。
並べられた報酬金を確認し、受取証にサインをしてお金を受取る。
さてさて、何か良い依頼は無いかなと掲示板を確認するが、なにせ小さい村なのでそれほど多様な依頼があるわけでもない。
私でできそうなものだと、行方不明になった家畜の捜索これくらいかな。
掲示板から剥がしてカウンターに持っていく。
「んー、ヤギの捜索か。森の奥の方で最近野犬だか小型の魔獣だかがでるらしいが大丈夫か?」
ん、それはちょっと大丈夫じゃないかも知れない。自慢じゃないが私のアニマは戦闘力は皆無なのだ。せいぜい囮になるのが精一杯。
どうしようかなと思案していると、入り口の扉がカランと音を立てたので、そちらに目をやると寝起きを思わせる緩み切った顔をした男性。幼馴染のカイルが入ってくるのが見えた。
「おっちゃん、この依頼受けるわ、カイルもいれば大丈夫でしょ」
「んで、危険かもしれないから、護衛として一緒に来てほしいってことか?」
依頼内容と分け前の話をしカイルも一緒に依頼を行ってくれることとなった。
カイルはちょっと過保護なところがあり、幼馴染の私が危険な目にあうのを放っては置けない性格的なのだ。
既に夕方になりつつあったので、今から森に入るのは危険ということで、一旦解散し、明日の朝から依頼人に話を聞きに行き捜索に行くこととなった。
ジウイは、一人で暮らす家へともふもふのウサギのアニマと共に帰る。
もともとは両親と3人で暮らしていたのだが、ジウイが9歳の時に二人は突然いなくなってしまった。それからは村の大人たちに助けられながら、家族の思い出の詰まった家で一人で暮らしている。
このウサギさんも明日の朝までは持たないだろう。明日はどんなアニマを描いてつれていこうか。小鳥のアニマなら上空から探せるけど森の中だと良く見えないかな、犬のアニマで匂いをたどらせるべきかな。
そんなことを考えているといつの間にか眠りに落ちていた。
窓から差し込む柔らかい日差しを受けて、ジウイは目を覚ました。うーっと大きく伸びをして動き出す。
今日は行方不明のヤギさんの捜索だ。きれいな青空なので雨の心配はしなくても大丈夫そう。
簡単に黒パンとベーコンで朝食を済ませ、スケッチブックを取り出して鼻が利く犬を心に思い浮かべながら、鉛筆を走らせる。
軽く描いた下書きを強くなぞりながら集中して清書していく、その過程でさらに深く集中してギフトを発現させる。そうすることで書きあがったスケッチブックの絵から、もこもことたれ耳の中型犬が現れた。
軽く頭をなでると、尻尾を振って喜ぶ姿は本物の犬のようだ。
「おっし、今日はよろしくね」
そう言って歩き出すと、ワンッと軽く吠えてしっかりと後ろについてくるのだった。
甲斐甲斐しくあとついてくる犬のアニマと遊びながら進んでいくとギルドの手前で、カイルが待ってた。カイルは腰に剣を刺しそこそこ大きな荷物を背負っていた。
迷子のヤギ探しに大げさじゃない?と聞くと、
「森の中には獣も魔獣もいるからな、最悪遭難することだってある。準備はするにこしたことはないさ」
と大真面目な答えが返ってきた。カイルは普段軽口をたたくことが多いお調子者なのだが、こと冒険や危険の可能性があると一分の隙もないしっかりものになるのだ。
「ところでその犬のアニマはなんだ?」
「ふふ、物探しと言えば犬の嗅覚でしょ、この子にヤギの匂いを辿ってもらうつもりだが?」
カイルは少し驚いたような顔をしつつ「そのアニマ匂いわかるのか?」と問う。
「いや、わからん、今まで試したことないし、でもなんとなーく、できるんじゃないかなと思ってる」
そんなやり取りをしつつ歩いていくと、依頼主の牧場にたどり着いた。規模の大きな母屋が牧場の規模を窺わせる。
「ヤギ探しの依頼で来ましたー!」
ジウイが大きな声で呼びかけると、母屋の横庭から牧童がやってきた。事情を話すとヤギ舎まで案内してくれた。
さっそく犬のアニマに今居るヤギとヤギ舎の寝藁などの匂いを覚えさせる。
「どう、これでヤギを探せそう?」
犬のアニマは、ジウイを見つめて軽く頷いた。
その間にカイルが、ヤギが居なくなった際の様子を聞き込んでくれていた。どうやらいなくなったヤギは三頭で、夜中に大きな物音がしたので牧童二人が見に来たところ、ヤギがヤギ舎の一か所に集まって震えていたらしい。
一人はヤギを宥め怪我などしていないか確認、別の人が見回りをしたところ柵が破られており、大きな獣の足跡があったという。ヤギを確認すると三頭居なくなっていたとのことだ。
壊された柵は応急処置されていたが、壊された跡から猪か熊といった大きな動物の仕業ではないかと思われた。
大きな動物に柵が壊されて、その際にほとんどのヤギはヤギ舎で丸くなったが、三頭のヤギは追われたか何かで、柵の外に逃げ出した。ってところだろうか。血の跡は無かったらしいのでここでやられちゃってはいないはず。
動物ではなく魔獣の可能性もあるけれど、とりあえずカイルもいるし、逃げれば大丈夫と思う。
そして私たちは犬のアニマを先頭に森の中に迷子のヤギ探索に出発した。
「その犬、本当に匂い嗅ぎながら進んでるのな」
「ふふ、だからうちの子は優秀だと!」
胸を張る私の肩にとまった小鳥のアニマも何か誇らしそうだ。
犬のアニマは鼻を鳴らしながら森を進んでいく。順調に進んでいるかと思うと時折立ち止まって、すんすんと周りの匂いを嗅いでは進んでを繰り返す。
2時間ほど森の中を進んだ頃に、犬のアニマは落ち葉を踏む音の合間に、ぴたりと立ち止まり、尾を振ってこちらを見上げた。
「ここで合ってるのかな?」
犬の視線の先は、木々が途切れた断崖だった。下を覗き込むと、眼下に広がる谷と、途中の狭い足場で立ち止まっている三頭のヤギが見える。
「いた!」
思わず声が漏れる。だが喜んでばかりもいられない。ヤギたちだから何とか登れるし、留まれる断崖絶壁である。人が上り下りするにはあまりに危険すぎる難所だ。
「ロープを使って俺が降りるか」とカイルが呟く。
「無茶だよ、落ちたらどうするの!」
私は慌ててカイルを止めた。
ちょうどその時、肩に止まっていた小鳥のアニマが、私の頬を軽く突いた。小鳥の方を向くと私の目を見てコテンと首をかしげたのだった。この子がやれるってことなのかな。
「お願い、小鳥さん。ヤギたちを安全な方に誘導してあげて」
鳥はピピっと鳴き声を上げながら、谷の途中にいるヤギたちの前で舞い始める。
それに合わせるように犬アニマも崖上から吠えた。アニマたちの意図が伝わったのかヤギは一歩ずつ、小鳥の飛ぶ方向へと足を進める。狭い足場を慎重に歩く姿に、こちらまで息を詰めた。
やがて、ようやく安全な斜面へと抜け出したとき、私とカイルは同時に「よしっ!」と声を上げた。
「お前のアニマ、こんなところでも役に立つんだな」
カイルが感心したように言う。
「ふふん、かわいいだけじゃないのだよ。私と一緒でね」
私は胸を張った。カイルは若干呆れた顔をした。
けれど、その安堵も長くは続かなかった。
犬のアニマが低く唸り声をあげる。森の影が揺れ、そこから現れたのは、黒い霧のような物を纏った大きな狼のような魔獣だった。毛並みはところどころ腐り落ち、赤い目がぎらついている。
「……魔獣だ!」
カイルが剣を抜く。その声に、全身が震えた。
犬のアニマが唸りながら狼を魔獣を牽制してくれている。
その隙に私はスケッチブックをめくり、慌ててリスや鳥を描き加える。小さなアニマたちが次々と顕在化し、魔獣の周囲に散っていく。
連続してギフトを使ったので疲労で少しふらつく。私にできるのはここまでかな、あとはカイル次第かな。
魔獣は吠え、鋭い牙でリスのアニマを噛み砕く。霧のように消える姿に胸が痛む。それでも、小さな仲間たちは怯まず、飛び回って注意を引いた。
その一瞬を逃さず、カイルが踏み込み、剣を振るう。刃は魔獣の肩口を裂き、黒い血が飛び散った。
「ジウイ、下がってろ!」
「わかってる!」
けれど足が縺れて思うように動けない。
魔獣は傷を負いながらも猛然と突進してくる。狙いは私だ。視界が赤黒く染まるような恐怖の中、犬アニマが体当たりでその巨体を弾き飛ばした。
「ワンッ!」
短い鳴き声を最後に、犬の姿は霧散した。
「ここだっ!」
跳躍のギフトを使って、大きく飛び上がったカイルが、全体重を駆けて上から魔獣に切りかかる。
カイルの剣が凄まじい音を立てて魔獣の首を両断した、魔獣は崩れ落ち、森の中に静けさが戻る。
魔獣の死体からは、黒い霧のようなものが霧散していき最後には普通の大きさの狼の死体が残っていた。
私は膝から崩れ落ち、スケッチブックを抱きしめた。
「みんなありがとう……」
リスのアニマも、小鳥のアニマも、最後に体当たりして守ってくれた犬のアニマも、みんな精一杯戦ってくれた。
「ジウイ、大丈夫か」
カイルが息を切らしながら声をかけてくれる。私は力なく頷き、立ち上がった。振り返ると、助けたヤギたちが心配そうにこちらを見ていた。
「ほら、ヤギさんも無事だし……頑張ったよね」
涙がこぼれそうになったけど、ここで涙を見せるのはなんだか悔しいなと思い、なんとか笑顔を作った。
――
牧場にヤギを返すと、依頼主は何度も頭を下げ危険に見合っただけの報奨金を追加すると、追記したうえで依頼書にサインしてくれた。
今回の顛末を聞いたギルドでは、魔獣が現れたことが大きな騒ぎになり、後日調査隊が派遣されることになったらしい。
ただし黒い霧のようなものについては、他言しないように念を押された。それだけマズイものだったのだろうか?
帰り道、夕暮れの空を見上げると、小鳥アニマがまた肩に止まった。
「ねえカイル。やっぱり、私のアニマ……気持ち、通じてるんだと思う」
「……そうかもな。少なくとも俺には、あのお前を護るために体当たりした犬のアニマはただの絵だったとは思えない」
「まあわかんないけどね。たまたま今回はそういう風に命令できただけかもしれないし、とりあえずかわいいことだけは確かだけどね!」
カイルの真面目な反応に最後はおちゃらけてしまったけれど、心の奥では確かに感じていた。あの子たちは、ただの絵じゃない。
小鳥が小さく鳴き、私の肩で揺れる。
夕焼けの中を歩きながら、私はそっとスケッチブックを抱きしめた。
――おしまい。
読んでいただきありがとうございます。
完結済み長編:私のギフトは“絵から小動物を召喚”なのに、最近こいつら意思持ってない?
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の前日譚的な位置づけです。
長編も読んでいただけるとありがたいです。