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8.およばれ【R15】

 土曜。


「おにい! どうしたん、制服にアイロンなんかかけて!」


 妹のなつが、食べていた棒アイスを床に落とした。


 誠は学生用スラックスに、いそいそと縦線を入れていた。


「うるさいな! 俺は凛ちゃんの家におよばれなの!」


「ええ! 凛ちゃんとこ……! えーなー。うちも行きたい!」


 夏はその場で足踏みし、がしっと兄につかまった。


「おにい、漆黒のマコトなんやろ! 世界一のヒーローが妹をぞんざいに扱ったらあかんよ! 何がなんでも、一緒に行く!」


 どこで『ぞんざい』なんていう難しい言葉を覚えてくるんだか。


 誠は溜息した。





「行ってきまーす」「夕方には帰るからー!」


 誠は妹と一緒に、凛の家へと向かった。


 電車で三駅越して、乗り換えて、二駅行った場所に凛の家はある。誠はスマホのマップを確認しながら進んだ。


 やがて、


「でっ、でっかー! お兄、これは凄すぎやで……。お兄の場違い感、ハンパないよ……!」


「うっせーわ。お前だって場違い感マックスやぞ!」


 突然現れた建物。


 重厚な門扉。広すぎる庭園。西洋の城を彷彿ほうふつとさせる巨大な建造物。ここが凛の家だ。


 誠は震える指でチャイムを鳴らした。しばらくして、


 メイドと執事が両脇に並び、その間を颯爽さっそうと通って、フェロモンたっぷりの美少女がやってきた。凛だ。


「誠様あー!」


 自分を見るなり、目をギラつかせて走り寄る。赤リボンの間から、二つのメロンが盛大に揺れていた。


 彼女は誠の首根っこをギュッと抱き締めて、誠が窒息しかけて、それでも彼女は構わず頬にキスをしまくって、


 一分間の濃厚な時間が過ぎてから、


 ようやくハグをやめた。


 隣で妹が溜息をつき、


「お兄はオタクなんやし、あんまり刺激の強いことはだめやよ。心臓止まっても知らんからね」


 ひそひそと耳打ちした。


「妹ちゃんも来たのね! さあ上がって!」


「お、おじゃまします」


 凛の自宅は限りなく豪華であった。


 赤じゅうたんの上を、兄と妹は進む。奥の扉をくぐると、長いテーブルの上にフランス料理がキラキラと光っていた。


「よく来たね。お二人さん、好きな席につきなさい」

 ひげの生えたダンディーな中年男性が腕を広げた。


「紹介するわ。わたしのパパよ」


(うわ! お義父さんだ!)


 凛に紹介され、誠はロボットのように身体が硬直し、ぎこちなく頭を下げて挨拶。





 それからは、楽しい食事の時間だ。


 ナイフとフォークの使い方がわからなくて焦ったが、『パパ』の関心は別。


「——誠くん」


 しばらく食べていると、凛の父親がまじめな口調になった。


「誠くんのような強い男の子がいてくれて、とても頼もしいよ。娘の彼氏として、ぜひこれからもよろしく頼む」


「い、いえ、こちらこそ。お嬢さんのような素敵な方とめぐり会えて、マンゴー、違った——満腔まんこうの想いです」


 言い間違えて、隣に座る夏がクスクスと笑っていた。


「だがもし——」


 父親の両目が怪しく光る。


「強さを偽っていたりしたら、許さないよ。これまで、何度となく騙されてきたんだ。娘に言い寄って来た男たちは、自分は強いだとか、自分は特級ダンジョンを攻略できるだとかうそぶいていた」


(ぎゃあ! 前例があるんだー!)


「——だけど、君は証拠がちゃんとあるし、だからなんというか、私はとても嬉しいんだ。ついに本物の最強ヒーローに出会えたんだからね。君が漆黒のマコトで、本当に良かったよ」


 父親はむせび泣いていた。


 数知れない苦労があったのだろう。


 そのとき、誠は胸にあついものがこみ上げてきた。


 誰かを幸せにできるなら、ついていい嘘だってあるんじゃないか?


「もちろん、俺は漆黒のマコト、本人です。間違いありません。宇宙で最強の男です!」


 彼は胸を張った。


「……オタクやけどな」

 彼の隣で、エビフライを頬張る夏が、小声で付け加えていた。





(※中学生はリターンしてね※)


 食事が終わると、二人は凛の部屋に案内された。


 広々とした部屋は薄ピンクで統一され、可愛らしい動物のぬいぐるみがベッドに飾られている。


 映画を見て、ゲームをして、おかしを食べて、窓から夕焼けが見える時間になった。


 夏はトイレに行きたいと言い、メイドさんに付き添ってもらいながら部屋を出る。


 空間には、凛と誠だけになった。


「一番遠いトイレはね、この部屋から五分かかるの」


「ん?」


 凛が意味深につぶやいて、誠が首を傾げる。


 ——バッ!


「誠様! 今、わたくしの身体は誠様だけのものよ! どこを見ても、どこを嗅いでも自由! メス豚のいやしい身体で存分に楽しんでくださいませ!」


 瞳を歪ませて、凛がベッドに仰向けになり、両手をこちらに差し向けた。


 長い髪が乱れて広がり、ぽよんと胸が弾んで、ベッドの上に双子ふたご山を作る。短いセーラースカートがめくれて、絶対領域が輝いて見えた。


「あら、どうして襲ってくださらないの? そんなに魅力がないかしら。ほらほら、豊満な女子高生の身体を好き勝手できる機会なんて、そうそうないですわよ」


 凛が自分の胸を押し上げている。


「だめだよ! もっと自分を大切に……」


「誠様が大切に使ってくだされば、何の問題もないわ」


 ゴクリ、と誠の喉が鳴った。


 それでも誠は動けない。


 無理もない。これまで彼女が一人もいなかったのだから。


「ほらほらー」


 凛は、首から赤リボンを外す。シュルンとリボンの紐が流れていく。彼女が制服の上に手をかけて、ゆっくりと、


 そう、


 まるで何かを焦らすように、ゆっくりとジッパーを押し下げて、


 そこには白いブラジャーが、


「ない!」


 誠の頭はフリーズした。


 彼女が上半身を起こし、誠の耳元で吐息する。


「ノーブラ。興奮する?」


 フッと息を吹きかけて、誠の耳にキスをして、今度はスカートのジッパーを下げだす。


 そこに、


 パンティーは、


 あった。


(セーフ!)


 誠の魂は昇天寸前であった。心臓は夏祭りの太鼓のように激しく打ち付ける。彼は、メロンの頂に、見てはいけないものが見えたので、両目をギュッとつぶった。


 彼女はスカートを脱いでから、赤リボンを首にまき、


 彼の手を取って、ベッドにダイブする。


 ……クチュクチュ。クチュ……


 クチュ。


 チュパ。クチュ。


 彼は目をつぶったままだ。


 極度の緊張で何をされているかよくわからない。彼女は誠の唇を奪い、舌を入れて、舐め回して、離れて、唾液が伸びる感覚があって、また舌が入って来た。


「どう? 気持ちいい?」


 それから、凛と誠は、


 五分間、


 ずっと唇を重ね続けていた。



 ♢ ♢ ♢



 彼女が服を着ると、妹がトイレから戻って来た。


「おにい! トイレすごかったよ! 神殿みたいだった!」


 はしゃぐ妹。


 誠は耳の先までぼんぼんに赤くなっていて、夏が首を傾げる。


「それじゃ、また明日」「また来るね!」


 兄と妹はお礼を言い、凛と別れる。


 初めてのキスは、なんだか、後ろめたい味がした。



 ♢ ♢ ♢



(はあ……)


 月を眺めて乙女は溜息をつく。彼女の流麗な髪は黒曜こくよう石のように光っていた。


 まさか、誠くんが、


 あの、成績Fランの誠くんが、


 漆黒のマコトだったなんて!


 誠の想い人、倉崎美耶は頬を染めていた。


 彼に命を助けられたのだ。ときめかない乙女がどこにいよう。


「凛さんには、絶対負けない!」


 美耶は拳を作って誓った。

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