7.デート
装備屋は、学校から徒歩十五分ほどの場所にある。
「らっしゃい!」
ガタイの良い店主が出迎えて、誠は緊張でビクンと跳ねた。店内にはダンジョン専用の鎧や魔法武器がずらりと並ぶ。
誠はものめずらしそうに、ガラスケースを見て回った。
「見て見て、誠様! 新入荷のバトルスーツらしいですわ! どうかしら?」
シャランと試着室のカーテンを開け放った凛。ピンクの髪がふわりと躍った。
彼女が着ていたのは、……胸の線が、くっきり大胆に見える鎧だった。彼女がポーズを決めるごとに、尻と胸のラインが揺れに揺れた。
買い物客たちが凛を見てざわめき、誠はアセアセと赤面して、公衆の視線から凛を隠そうと必死だった。
試着が終わると、次は魔法武器を見て回った。
凛はライフルのコーナーに出向き、高そうで強そうな武器を手に取って、構えてみる。
「どうかしら、アップグレードするべきだと思う? 誠様の意見を聞きたいわ」
「ええっと。その……」
彼は唾を呑み込んで、武器のラベルを見た。見たこともない横文字が羅列され、意味不明な数字と記号がそれに続く。
「ねえ、どうかしら?」
再びズイと凛が迫り、誠の額に汗が滲んだ。
「う、うん。凛ならどんな武器を使っても強いと思うよ……」
「まあ! 誠様ったら!」
無難な受け答え。凛はやっぱり目をハートにして抱き着く。
「誠様は何も買わないの?」
小一時間デートしてから、凛が訊いた。
そりゃそうだ。最強の男が鎧も武器もアップグレードしないどころか補充もしない。そんなことはありえないだろう。
誠が言いあぐねていると、
「お兄さん、もしかして、漆黒のマコトじゃ……」
店長が近づいてきて、誠を指差しながら驚く。彼が答える代わりに、凛が鼻息荒く自慢して肯定し、もしかしなくても銀河一強いマコト様だわ!と、両手を腰に当てて言ってのけた。
「やっぱりか! 会えてうれしいよ! 大ファンなんだ!」
「あ、ありがとうございます……」
彼は頭をかいて、気まずそうにペコペコお辞儀をした。
店長は自分のスマホを使って、すぐにオンライン会議をはじめ、なにやら偉そうな人に繋いで、その偉そうな人が画面の向こうから誠に言った。
「我が会社は装備界隈で日本一のシェアを持っています。ぜひマコト様には、うちのグループ会社の相談役になっていただきたい!」
「いやいや、無理です!」
「お願いです! マコト様の装備を参考にさせてください! 年俸十億円で契約してくれませんか!」
「ダメに決まっているでしょう!」
すかさず横から割って入るのは、日本一のダンジョン配信者、凛。
「誠様は毎日ダンジョン配信で忙しいお方なのよ! それに、すでに星野グループが年俸百億円で長期契約をしているの! 遅いわよ!」
(いつ契約したっ?)
凛はふんぞり返って、スマホに向かって吠えるのだった。
しばらく言い争い、ついに先方が折れ、店長が淋しそうに言い放つ。
「仕方ありません。今回の話はお流れですな。ですが、マコト様には、ぜひ最高級の装備を無料で進呈させていただきたい!」
(なるほど、これを着て戦えば、ダンジョン配信のたびに会社が宣伝されるってわけか……。こちらは強くなれる。向こうは広告を打てる。ウィンウィンなんだ。くれるっていうなら貰っておこうか)
誠が装備を受け取った。
「ところで、誠様は普段どんな装備をされているの? ちょっとでもいいから教えてくださらない?」
凛が垂涎の表情で誠に尋ねた。
(どうしよう! 武器の詳しい名称なんてわかんないし! 適当に言ったところで、ここは装備屋だ。具体的にどれのこと?なーんてツッコまれたら、百パー嘘がバレる!)
誠の目がグルグルと回り、ついに彼は、
ぽつりと、
謝った。
「ごめん。装備なんて、本当は持ってないんだ……」
♢ ♢ ♢
空気が固まっていた。
誠は目を閉じて、ついに本当のことを告白した。
自分は装備なんて持っていない。持っているのはレベル一の木剣だけだ。
それは、偽りの配信者を露呈したも同然。これまでの動画は全て嘘。自分はただオタクでコミュ障の高校二年生。
(——ああ、死んだ)
彼は本心から思った。これで凛ちゃんに殺される。クラスメイトにあざけられる。先生から悪評価を貰う。再び最底辺の生活に戻るだろう。
でもいいんだ。
嘘をつくのは疲れる。これでようやく心が軽く——
「さ、さすがですわね! 誠様!」「なんてことだ! 凄すぎるぜマコト様!」
「へっ?」
なぜか、凛と店長は、二人とも瞳をキラキラと輝かせ、誠を見ていた。
「誠様くらいになると、攻撃力も防御力もカンストされているのね! だからチンケな鎧や武器を持つ必要がないのね!」
「まったく一杯食わされたぜ! さすがマコト様だ! Sクラスの鎧は、星団一の配信者にはお荷物ってか! くー! 言ってくれるぜ! これだからマコト様は侮れねぇ!」
なぜか二人は理屈をつけて、誠を持ち上げるのであった。ネームバリューは恐ろしいと、彼は苦笑いする。
装備屋を出ると、誠は凛とアイスを食べたり、新作漫画やゲームを見て回ったりした。
「今日は楽しかったわ」
「俺も楽しかったよ」
去り際。凛は笑顔でお礼を言った。
「明日は土曜よね。二人でダンジョン配信をしない? 攻略できないS級ダンジョンがあるんだけど、誠様と一緒なら秒で終わるわ」
(やべー!)
誠は眉をぴくつかせた。
(凛ちゃんとダンジョン配信なんてしたら、俺がモンスターに秒で殺される! モンスターに殺されなくても、凛ちゃんに殺される! 絶対にダメだ!)
「ダンジョンはしばらく、いいかな……」
「やっぱりそうよね……。誠様にSクラスダンジョンなんて、ヘボすぎて欠伸が出るわよね……」
(いやいや! 違うんですよ凛ちゃーん!)
凛は悩んだ末、
「そうだわ! 明日は我が家へいらっしゃらない?」