6.セバスチャン
そうだ!
誠は閃いた。彼は臆病だが、人並みに頭の冴える男である。
(AIで最強動画を作って見せれば……)
考えている時間はない。誠はポケットのスマホを男たちに怪しまれないように取り出す。即座にアプリを立ち上げ。プロンプト入力。
「あん? 何してやがる!」
「ふふふ。俺が漆黒のマコトである証拠があればいいんですよね? 見なさい! 自分が猛獣と戦ったときの様子ですよ!」
入力したのは『ダンジョン内で獰猛な獣と戦って勝利する。顔のモザイクは取ること』。
再生ボタンを押すと、
「なんだとお!」
男たちは口をあんぐりと開けて、目を丸くした。
そこには、
数十匹の巨大なゴリラ型モンスターを前に、次々と魔法攻撃と武術で戦い、かっこよく勝利する高校生がいた。その顔は、目の前にいる臆病そうな生徒と瓜二つ。
「マジか! 逃げるぞ!」
「待ってください兄貴!」
犯人は顔面蒼白になり、武器を捨て、誠の目の前からいなくなるのだった。
(ふう、危なかった!)
なんとかしのぎ切った誠の後方で、やや興奮気味に、よだれを垂らしている女子高生がいた。彼女は、
「誠様の新作配信……じゅるる」
と、スマホを食い入るように見つめていた。
だが、彼は深く考えていなかった。自分の顔がバレた意味を。後で消しておこうくらいに考えていた。生成した動画はYourTubeに上がり、瞬く間にコメントの渦に呑み込まれていった。
♢ ♢ ♢
——パチパチパチ。
誠に乾いた拍手をする、一人の男が現われた。
「お見事です、誠様」
「セバスチャン!」
凛にセバスチャンと呼ばれた執事は、背筋をピンと伸ばし、朗らかな表情で誠を称賛する。
「どういうことなの? セバスチャン。仕込みだってこと?」
「申し訳ございません。旦那様より、誠様が本当に最強か徹底的に調べるよう命じられておりました。結果、チンピラ相手にもひるまぬ漢の中の漢と結論いたしました」
深々と詫びるようにお辞儀をする。
「あったりまえじゃない! 何が『徹底的に調べる』よ! 誠様が嘘をついているわけないでしょう!」
(ギクッ!)
誠は勘違いに次ぐ勘違いで、肩身が狭いのであった。
セバスチャンはツカツカと靴音を鳴らし、優雅に近づいた。
「これで安心してお嬢様を預けられます。婚姻の暁には、星野家の財産、八千億円を受け継いでいただきますので、そのつもりで」
八千億円……!
「ごめんね、星野家はこれくらいの規模の財閥だし、誠様の実力なら、もっともっと稼がれるでしょうけど、星野家も星野家なりに頑張るから、幻滅しないでね」
誠の駄賃は、一カ月千円。婚姻だの財産だの、規模が大きすぎて、心がふわふわと浮いてしまう。
「あ、あ、あああ、あの、実は俺は——」
咄嗟に真実を話そうとしたが、
凛とセバスチャンは、自分の手をしっかり握り、
「改めてよろしくお願いいたします、誠様!」
どうにも引き返せない空気なのであった。
♢ ♢ ♢
学校に到着すると、ようやく落ち着いた気がした。
(ふわー、朝から大変だったなー。そうだ、顔バレの動画、削除しとこう!)
一限目。誠は教科書の要塞の中で、背を丸めてYourTubeを開き、アップロードした動画を削除——
「ええっ! 再生回数、1,436,998回!」
わずか二時間程度である。その間に、百万回を超えていた。怖くなって削除を押す。デリート完了の通知が現われるも、もう遅かった。
「ん? グランドが騒がしいぞ?」
親友の健太が外を見て、顎が外れたように驚愕した。
そこには、テレビスタジオ、新聞記者、雑誌記者、その他大勢の報道陣。彼らは学校を取り囲み、ワイワイとすし詰め状態だった。
「漆黒のマコトと会わせてください!」
「漆黒のマコトさん! 何か一言お願いします!」
「マコトさん! SSダンジョンの討伐、どんな感じでしたかー!」
「モンスターは強かったですかー!」
「どうやって修行を積んだんですかー!」
「本名もバレてるんですよー! 名取誠さーん!」
「やべー!」
誠はこれまでで一番、胃が痛くなった。吐き気もする。
名取誠……だと?と、クラス中が、教師が、いや学校中の生徒たちが、ドタドタと二年二組に集まって来た。それもこれも、顔バレしたのが原因である。
「どどど、どうしよう!」
誠は泣きそうだった。
「誠様! 有名になられて素晴らしいです! 凛、尊敬します!」
何も気に留めない彼女が、目を星のように輝かせて言う。
「お願い、俺を、助けてくれません……か」
「誠様……。失礼しました。誠様は謙虚なお方でしたわね。一流の漫画家は表舞台に顔を見せないものですもの。誠様ほどになると、顔を拝むことも許さないぞ。俺様は孤高の存在なのだ! そういうことですわね!」
「いや、そういうわけじゃ……」
「それでは、わたしめが誠様の代理人をいたします。わたしはメディアにも何度も出ていて、こういう状況は慣れておりますし」
凛は都合よく解釈し、廊下を出て報道陣の前に行った。
「皆さん! お帰りください! 一流のダンジョン配信者であり、宇宙一のマコト様は、羽を休めておられます」
カメラのストロボが嵐のように凛に向かう。彼女は少しも動じず、
「これ以上騒いでみなさい。わたしが一人残らず成敗してさしあげますので!」
ガシャ! ガシャ!
デデーン!
凛はスカートの間からライフルのパーツを出現させ、即座に組み立てて空包を撃つ。もちろん弾は入っていない。
「し、失礼しましたあー!」
記者たちは大慌てで逃げ帰った。
その日から、誠のダンジョン実習の成績は、なぜか『S』にランクアップするのだった。
♢ ♢ ♢
「今日一日、大変でしたわね」
下校時。外に報道陣がいないのを確かめてから、誠と凛は下校する。凛は誠の腕を掴んで擦り寄る。おそらく無意識で、凛の胸の間に、誠の腕が挟まれていた。
「誠様! たまにはデートらしいことをいたしましょう!」
「デートらしいこと?」
「ダンジョン屋さんで、装備を買いそろえませんか? 誠様のセンスを教えていただきたいですわ」
(うわ! どうしよう! ダンジョンは好きだけど、装備とか全然わかんねー!)
「う、うん。楽しそうだね」
「違うでしょ? このふぬけたメス豚め! 俺様の装備を鼻に挟んで、ブヒブヒ鳴いてやがれ! でしょ?」
「言いません!」