5.誘拐犯を追え!
誠はどっと疲れて帰宅した。
リビングに入ると、一足早く帰っていた夏が、アイスを食べながらアニメを見ていた。
「おい、夏」
「お兄、お帰り。なんやの?」
「もしさ、漆黒のマコトの正体が俺で、星野凛と付き合うって言ったら、どうする?」
「どうしたん? 変なものでも食ったん?」
夏はくるりと振り返り、心配そうに尋ねてきた。
(だよなー。信じるわけないよなー)
自分でも変な自覚はある。だが、それが現実なのだから仕方ない。
誠は階段を蹴りながら自室へ籠った。
誠はベッドで仰向けになると、ニュースサイトを調べた。
『漆黒のマコトは何者か! 徹底討論』
『SSダンジョン攻略は、歴史的節目! 日本の資源大国へ王手』
「マコト」と打つと、次々と自分に関連したニュースが上がっている。
(あー、やべー。ますます本当のこと言いづらい雰囲気になってきたな……)
誠は嘘をつくと胃が痛む。
(まあ、でも凛ちゃんと付き合えるようになったし、プラマイ・ゼロか……)
♢ ♢ ♢
次の朝。
誠は登校前に朝ごはんを食べていた。パンにジャムを塗ってかぶりつく。テレビを見ると、相変わらずマコトは誰かなのか、SSダンジョンを攻略することによる日本の経済効果など、胃の痛い話題が続いていた。
誠が気を紛らわせるため、ズズッとコーヒーを飲むと、
「誠様ー! 一緒に登校しましょう!」
玄関からやけに甲高い声が聞こえた。誠はコーヒーを噴き出す。
「誰やの? 彼女作ったん? 作れるわけないか、オタクのお兄やもんな」
と、妹がクスクスといじってきた。
誠が大慌てで鞄を持ち、玄関に走る。つられるように、家族がリビングから顔を出した。
そこにはもちろん、
ピンクの髪を美しく流し、自信満々の表情で自分を見つめる、ボインな女子高生がいた。
「凛ちゃんや!」
夏は顔をパァと明るくして、跳び上がっていた。
「なになに? このあたりで配信? うちの軒下に秘密のダンジョンがあるん?」
「なわけないだろ。転校してきたの」
早口の妹に、兄が諭す。
転校してきた異性と通学する理由。そんな理由は、一つしかない。
「彼女か!」「彼女ね!」「お兄に彼女ぉおー?」
父親、母親、妹は、それぞれに口をあんぐりと開けて、目の前の星野凛を見つめていた。
彼女は誠をハグして頬にキスをしてから、深々とおじぎをし、
「お義父さまにお義母さま! 今後ともよろしくお願いいたします」
丁寧さマックスで言った。
♢ ♢ ♢
「……朝からキスはやめてください。家族に変な誤解をされそうです」
「あら、キスくらいで大げさね」
ルンルン気分で歩く凛の横で、誠は赤面しながら言った。
「どうせ、わたしと誠様が、体育館倉庫であられもない組体操をしていたとしか、とられないわよ」
「うわわわ! それが問題なんですよ!」
人が行きかう中、平然と会話してのける凛。
「無理よ。わたしが誠様の前で声を抑えるなんて。それとも、声を抑えるよう命令してみる? このメス豚! 自分で口を押さえることもできないのか! お仕置きが必要だな! この俺様がわからせてやる! ごめんなさい誠様あ!」
「うわわわ! 求めてませんから!」
すでに目をハートにしていた彼女は、朝から全力であった。
「……あの、凛ちゃんはさ」
「凛!」
「——凛はさ、いつもこんな風なの? ほかの男子生徒にも……」
「そんなわけないでしょ」
彼女の目は吊り上がる。
「もしニセモノが言い寄ってきたら——」
ガチャ! ガチャ!
「——このライフルで心臓を狙うまでよ!」
(やべえ! ニセモノ=死なんだー!)
誠は青ざめて凛と一緒に登校を続けた。
半分の道のりまで来て、この調子じゃ早く着きすぎるなあと思っていたころ、
目の前に見知った同級生が現われた。角を曲がって来たのは、誠がひそかに想いを寄せていた相手、倉崎 美耶であった。
彼女は長い黒髪を振りながら、今日も普段通り登校している。
誠がボーッと彼女を見て、隣の凛が頬を膨らませる。
——次の瞬間、黒塗りの車が現われて、そのまま彼女の隣を通りすぎ……なかった!
「きゃあー!」
車のドアから伸びてきた手。美耶が悲鳴を上げると同時に、車内に連れ込まれた。黒塗りの車はスピードを上げて誠の隣を走り抜ける。
「誘拐か!」
「追いかけましょ、誠様!」
「ここは警察に……」
「なるほど、警察にも通報して、追いかけるのですね! さすが誠様です!」
彼女は車に向けてライフルを構えた。
——ドンッ!
一発の弾丸が弾き飛ばされ、煙の尾を引きながら車体に到達し、そのままくっつく。
「レーダーよ。これで犯人の居場所を見失わないから」
(すごい! さすが凛ちゃんだ!)
的確に判断と、百発百中の腕前に、誠はただただ感心するしかなかった。
♢ ♢ ♢
凛たちがレーダーを追っていくと、そこは近くの廃工場であった。
パキリと枯草を踏みしめて中に入ると、錆びてボロボロになった倉庫の中に、さるぐつわをされた美耶がいる。彼女はもがきながら、目の前の二人のグラサン男を睨んでいた。
「犯人はあの二人ね」
「どうします? 後ろからライフルで狙うとか」
「それは無理だわ。誠様ならできるかもだけど、この距離と風じゃ、弾丸の軌道が曲がってうまくいかないと思うの。だから——」
「うん」
「ここは誠様にぜひ力を見せてほしい」
「え? えええー!」
(無理無理無理!)
誠はいきなりの提案に、ブンブンと頭を振った。
「できないの?」
凛が眉根を寄せて、訊ねてくる。
(どうしよう! ここでできないって言えば、死!)
誠が一生懸命頭を回転させていると、
「もう、誠様ったら! そんなに焦らしプレイが好きなの? ドSなんだからあん!」
身体をくねくねさせた凛が、ポンと、
そう、
ポンと誠の身体を前へ押した。
(へっ?)
男たちの前へ、踏み出した誠。
小枝の割れるやや大きな音がして、犯人たちがこちらを向いた!
ガクブル、ガクブル。
ガクブル、ガクブル。
ガクブル、ガクブル。
後ろでは、物陰に隠れた凛が、ファイト!と、何の心配もしていない表情で応援していた。
「よう、テメーは誰だ? あん?」
「あ、ああ、あ、あの、あの、誘拐は、だめ、だ、ととと、と、思います」
(誠様の相手を油断させる作戦ね!)
凛はワクワクしていた。
「テメーは誰だって訊いてんだ! ゴラァ!」
「お、俺は星光高校の誠です!」
バカか、と思った。誰だと訊かれて、本名を口にするなんて意味不明だ。
誠がテンパッていると、
「星光高? ダンジョン配信で有名な高校じゃねーか。……マコト? テメェ、まさか、漆黒のマコト……!」
なぜか黒服たちが震え出した。
「そ、そうです! 漆黒のマコトです!」
「兄貴、嘘ついてるだけッスよ。こんなヒョロい奴が、SSを打ち取ったマコトなわけないッス!」
(そうなるよねー!)
「漆黒のマコトなら、俺たち相手に逃げ出したりしないよな?」
そう言うと、背の高いほうが分銅のような武器を回しながら近づいてきた。
(どうしよー! どうしよー!)