4.緊張の実習
五限目はダンジョン実習だ。
集まった生徒に対し、元A級ダンジョン配信者の教師がギロリと睨む。
「お前らぁ! 今日は模擬ダンジョンの実習だ! モンスターを討伐してランクを競ってもらう」
誠は、嫌な時間がやってきたと、痛む腹を抱えた。
「まずは、出席番号一番、安藤! Eクラスのモンスターを仕留めてこい。制限時間は一分だ!」
「はいっ!」
校庭にぱっくりと口を開ける洞穴。二振りの曲刀を下げた安藤は、教師に勢いよく返事して、ダンジョンに入った。彼女の様子が、生徒たち全員に見える半透明のフローティング・スクリーンに映し出されている。
応援する生徒たち。
誠の隣で、体操着に着替えた凛が、興味なさそうに大あくびをしていた。
安藤の向こうから、巨大な牛型モンスターが現われる。安藤は勢いよく駆け出し、曲刀を振り回し、途中で滑って転ぶ。武器がモンスターの角で払い落され、あちゃー、と残念がる生徒たち。それでも安藤は体勢を立て直し、角を両手で掴み、体力勝負に出た。
ブー!
時間切れのブザーが鳴ると同時に、安藤はモンスターに弾き飛ばされて、洞窟の端っこで土埃が舞う。
安藤の身体から学生用の保護バリアが消えた。
「まずまずだな」
教師が感心した口調で安藤に言う。
「ダンジョンで武器は命だ。何があっても落とされないように注意しろ。後半の持久戦は良かったぞ」
安藤ははにかんで、体操着から土を払って引っ込んだ。
その後、幾人かの生徒が挑むが、モンスターは倒れない。教師は良い点と改善点を述べ、評価を下していく。
「次、星野凛!」
ざわつく生徒たち。いよいよ日本一のダンジョン配信者のバトルが見られる。
「いよいよね!」
凛はサッと髪をなびかせてから立ち上がる。
「一分は長いわ。十秒で結構よ。それから、重そうな学生用バリアはいらないから」
「そ、そうか」
教師が気圧される。
スタートブザーが鳴ると同時に、凛は武器を構えて、モンスターに全力疾走──しなかった。
「へっ?」
誠が口をあんぐりと開ける。
凛はダンジョンの入り口に立ち、やっぱり欠伸をして、屈伸運動。──三秒経過。
ようやくライフル型の専用武器を構え、モンスターが血相を変えて走って来るのを見て。それでも、立ち止まって様子を見ていて──五秒経過。
「おい、凛ちゃん、どうしたんだよ」
誠の隣で、親友の健太が心配する。
モンスターが目の前に迫ってきて、僅か一メートルの位置に来た時、
「あっ!」「わあ!」「きゃあ!」
生徒たちが感嘆の声をあげる。
彼女は土を踏みしめたと思えば、電光石火でモンスターの後ろに回り込み、低姿勢からライフルをぶっ放す。長いピンクの髪が乱れて、巻き上げられた土と一緒に、彼女の頬をかすめていた。
二・三発の光。
モンスターはライフルから放たれた電気ショックの魔弾により、痺れて動けなくなる。──八秒経過。
「てやあああ!」
彼女の掛け声。今度はメリケンサックを右手に嵌めて、……一発、とてつもなく重い一発をモンスターの腹にブチかます。
「まさかの物理攻撃!」
誠は意外すぎる戦い方に叫んでしまう。
腹を殴られたモンスターは、まるでラケットから打ち出されるテニスボールのようであった。モンスターの原型が目視できぬほどのスピードで飛んでいき、岩壁に身体を打ち付ける。壁がひび割れて、岩が上から落ちてきて、モンスターの身体全体を覆ってしまった。
ブー!
終了を知らせるブザー。
スクリーンのカウンターが止まり、残り一秒を示す。
「九秒で良かったのね」
彼女は手をパンパンとはたき、ダンジョンから出てきた。
ほうけた表情の教師は、評点をくだすのも忘れ、
「よ、よくやった」
とかろうじて口にしていた。
次の瞬間、
生徒たちが両手を叩いて騒ぎ立てる。校舎からも、凛を生で見ようと身を乗り出していた生徒たちから、歓声が飛んでいた。
「次、名取誠!」
まさかの、ここで自分の番か!
誠はふらついた。
凛を見ると、彼女はすでに生徒の中に綺麗に収まり、ファイトのポーズで自分を応援している。その目はハートで、口元からはよだれもでていた。
(や、やべぇ。さっそくピンチなんだけど! 嘘バレ百パーじゃん!)
嘘バレ=死
誠の脳内で等式が浮かぶと、全身を子猫のように振るわせた。おい、紐がはずれているぞと、学生バリアの紐を教師から指摘され、たじたじで結びなおした。
また誠がダンジョンでヘマをするぞと、生徒たちのひそひそ話。
彼はギュッと目をつぶってダンジョンに一歩踏み入った。
ムモォオォー!
「ギャウワッ!」
再構築された牛型モンスターが誠に突進してくる。彼は思わず変な声を出した。
彼は初期からレベルアップしていない木剣を握り、振り下ろそうとして、バキッとモンスターの角で木っ端みじんに破壊され、
五秒もかからず、
ダンジョンから、
逃げた。
「ぎゃははははっ!」「さっすが誠だぜ!」「よっ、評価Fのお家芸!」
男子生徒がはやし立てる。
教師が溜息をつき、
「お前、この調子じゃ、通知簿に点数付けられないぞ」
だが、一番怖いのは、教師の評価でも生徒の評価でもなかった。
(ああ、完全にバレた。俺の底辺ライフ終了のお知らせ。凛ちゃんに撃ち殺されて、頭の先まで埋められるんだろうな)
誠の脳内では、凛が狂気の笑を浮かべながら、自分にライフルをぶっ放す様子が浮かんだ。
「あなたっていう人は……!」
怒りにも諦めにも似た調子で、凛がグラウンドを踏みしめて誠に近かよった。
誠は身を縮ませて、
「ごめんなさ——」
「す、素晴らしいわっ!」
「へっ?」
凛は目に特大のハートを浮かべながら、誠を抱き締めてきた。身体を擦り付けるように、何度もハグ。
誠の頭は真っ白になった。
男子生徒たちの目が吊り上がり、女子生徒たちが悲鳴を上げる。
「これだから、ダンジョン初心者のモブどもはダメなのよ!」
凛が生徒と教師に向かって言い放つ。
「みんな、誠様の戦い方を学ぶべきだわ。いい? 最強の誠様は、わざと最弱の木刀を握り、敵に向かって行った。相手を油断させるために。そして、頃合いを見計らって、すぐ撤退。これをダンジョン配信では『戦略的撤退』というの。上級者でも苦手な、超がつくド級の戦略よ」
誠は、ホゲーと口を開けて説明を聞いていた。
「戦略的撤退が大切なのは、あなたたちが配信者を目指しているからよ。わざと弱いと見せてピンチを演出し、ギリギリの戦いを演出する。これができないと再生回数はとれないわよ!」
見なさいと、凛はスクリーンを指差した。
「さっきの壊れた木刀は、地面に突き刺さっているわ。これがモンスターの足をとり、つんのめって転がって、壁に頭を打って、ほら、ライフゼロになってる! ちゃんと倒しているじゃない!」
(ほんとだ!)
奇跡が起きていた。
木刀の破片が、モンスターを倒すギミックになっていたのだ。
「こんな高度な戦略は、最強の誠様でしかなしえないわ!」
日本一のダンジョン配信者が説明すると、不思議と説得力があった。
「そうか、誠は最強だったのか」「強すぎて評価Fなんだな」「勘違いしてたぜ」
生徒たちは口々に、誠への見方を変えていくのであった。
「……なんだかしっくりきませんな」
屋上の風をうけ、執事の男が眼鏡を光らせていた。
「彼は本当に漆黒のマコトなのでしょうか? そもとも、漆黒のマコトの強さは偽物なのでしょうか?」
彼はポケットからスマホを取り出し、再び動画を視聴してみた。
『おっす! 俺の名前はマコト! 高校生だ。SS級モンスターめ! かかってきやがれ! ファイナルストーム! ズガガーン!』
不自然さの微塵もない動画。地球すら破壊しかねない魔力量の攻撃が、華やかな閃光を伴って爆裂していた。
AI生成かと疑ったが、AI判定をするAIも、この動画は本物で間違いないと言ってくる。疑う証拠は、今のところない。
再生回数は、今や250万回を突破している。
「であれば、奴の化けの皮をはがすため、次の作戦に出るしかありませんな……」
彼は通信機に向かって、
「私だ。次の作戦に移る。プランBを実行しろ」
部下に向かって冷徹に言った。