2.鳴りやまない通知
ピチチチ。
小鳥の鳴く朝。
「うーん、よく寝た!」
誠はベッドから身体を起こした。昨日は推しの配信を遅くまで見ていて、いつの間にか寝落ちした。
(星野 凛ちゃん、可愛かったな……)
誠は動画を生成したこともすっかり忘れ、昨日のYourTube配信を思い出しては、ニヘラと口元を緩ませていた。
ふと見ると、スマホの電源が切れている。電源ボタンを押すも画面が光らない。
「やべっ! 急いで充電しないと!」
彼が慌ててコードを繋ぎ、電源を入れると、
ピローン。
メッセージの通知があった。起き抜けのタイミングはビクリとするものである。
(友人の健太か? 朝から何だ?)
首を傾げてスマホを手に取ると、
ピローン、ピローン、ピローン、ピローン!
ピローン、ピローン、ピローン、ピローン!
ピローン、ピローン、ピローン、ピローン!
(うわっ!)
スマホがチワワのように吠えまくった。
「故障か?」
誠が溜息をついた瞬間、
母親がそろそろ起きるよう、朝ごはんを食べるよう、一階のリビングから声をかけてきた。今行く、と、誠は鳴りやまないスマホを残し、欠伸をしながら降りて行った。
♢ ♢ ♢
『次のニュースです』
誠は朝ごはんを食べながらテレビを見ていた。眠たそうな兄貴に対して、隣に座る夏が、じっとりとした視線をこちらに向け、
「昨夜は奇声を上げとったよ? また凛ちゃんで寝不足なんやろ? 日本一の配信者やもんなー。もやしっ子のお兄が憧れるのもわかるけど、もうちょっと声を抑えんと丸聞こえやよ?」
からかうように言ってきた。興奮で叫んでいたのが聞こえていたらしい。
「う、うっせーな!」
小学五年生になる夏は、おさげの似合う女の子だ。彼女は兄貴をいじって気分をよくすると、みそ汁をすすって、ご飯をぱくついた。
「──なんだと……!」
突然、父親が新聞から顔を上げ、眼鏡を押し上げた。テレビ画面を凝視している。
『攻略不可能とされていたSS級ダンジョンをソロクリアしたとする動画がYourTubeにアップされました。クリアしたと主張するのは、自らを「漆黒のマコト」と呼ぶ新しいダンジョン配信者です』
どうやら、ダンジョンが攻略されたらしい。
「時代が変わるぞ」
興奮気味に父が言う。
「そうね」
母もハーフアップを揺らしながら相槌を打つ。
世界には無数のSS級ダンジョンが存在する。その一つが攻略されたとて、何が凄いのかと、誠はイマイチぴんと来なかった。
それよりも、彼が気になったのは名前である。
(漆黒の……マコト?)
自分と同じ響きのネーミング。
あとで調べてみるかと、誠はごはんを食べ切ると、ごちそうさまをして学校に出向いた。
♢ ♢ ♢
教室に入ると、親友の健太が早速声をかけてきた。
「おい、誠! 話題の動画見たか!」
「うん、凛ちゃん可愛かったよな!」
「ちげーよ! 漆黒のマコトの話だよ!」
健太は唾を飛ばしながら誠に迫った。
(なんだコイツ。同じ推しの好だろうが。鞍替えは許さねーぞ)
「話題らしいな。まだ見てない」
「じゃあ、今見ろ。すぐ見ろ!」
「はあ?」
健太は誠の幼馴染である。同じ趣味を持つ気の合う仲間。なのに、健太が凛の配信から話題を反らし、マコトとかいう不明な配信者に飛びつくとは、──世も末だと誠は勝手に解釈した。
「着席するんじゃー」
チャイムが鳴り、教師が教室に入って来た。
後で見ておくと、誠は適当に相手をし、手をヒラヒラと遊ばせた。
そんなこんなで一限目が始まった。禿げ整った理科教師が、難しそうな化学式を板書している。
ふわー。
誠は再び欠伸。
誠は教科書を要塞のように立ててみせ、教師の視線が届かい場所で、マナーモードのスマホをいじる。
気になる漫画を読んでクスクスと笑い、教師に注意をされて、声を潜める。
彼はさらに背を丸くした。
ふと、今朝のメッセージが気になった。
(メッセージ999+件……!)
多すぎて件数を表示できない、そんなポップアップが誠の視線を貫いた。
YourTubeからのメッセージらしい。
(そういえば、AIで動画生成してたっけ……)
彼はようやく昨夜の出来事を思い出した。許せ。心移りの激しい高校二年生ではないか。
彼が動画アプリを立ち上げると、
「なはっ……!」
彼は顔面蒼白で目玉をアニメのように突き出してしまった。
「なんだ、名取? 腹でも痛いのか?」
声に反応した教師が、心配して呼びかける。誠はブンブンと顔を左右に振る。
(おい、マジかよ。再生回数、イチ、ジュウ、ヒャク……1,258,961回。百万越え……! コメント数5517件)
もしや、と
恐る恐るアカウントの名前を確かめる。YourTubeのアカウント設定までAIがしてくれていた。
そこには──、
輝く大剣を持ち、金と銀の重そうな鎧を着て、目をモザイクで隠した黒髪の『俺』が、かっこいいポーズを決めて、モンスターの前でピースするサムネイル。
サムネイルには、
『余裕でゴメンなさい。SS級ダンジョンのボス倒しちゃいましたww』
などという、陰気でオタクな誠には到底思いつかない、煽りスキルレベル99の、ご丁寧な説明が付けられている。
そのアカウント名は、
『漆黒のマコト』
誠はワナワナと震え出した。
今朝のニュースで取り上げられていたのは、自分の動画だったのである!
誠は今すぐ再生ボタンを押したい衝動にかられたが、緊張でキュルルと腹が痛み出し、教師に断って保健室に行った。
同じころ。
「漆黒のマコト……」
その動画を見て、鋭いまなざしになっている女子高生がいた。黒地に白いストライプの入ったセーラー服。ピンクの長い髪には、下部で青くグラデーションを描き、ぱっちり二重に赤のカラコンが特徴的。
御付きと思われる生徒たちが、彼女の回りで膝を付いている。その中の一人が、
「凛様」
彼女の、──日本一として知られるダンジョン配信者の名前を呼んだ。
「いかがいたしましょう。彼は凛様を差し置いて、日本一を自称したも同然」
「もちろん、事実なら素直に認めるべきですが——」
彼女はダンジョン専用のライフルを構え、妖しく微笑んだ。薄い唇から八重歯が少し覗く。
「──嘘なら、わたくしに恥をかかせたこの者には、きついお灸をすえなければなりません」