1.最弱な俺、AIを拾う
『私立星光学園 2年2組 実技試験結果』
名取 誠:総合評価 F
戦闘力測定:F(初級スライム相手に戦闘不能)
持久力測定:F(3分で膝をつく)
魔法適性:測定不能(一度も発動せず)
武器適性:F(木剣すら満足に振れず)
総合判定:配信者適性皆無
担当教師コメント:「進路変更を強く推奨する」
校庭に設置された模擬ダンジョン。
誠は40人のクラスメイト全員に見守られながら、初級スライムに完敗した。
「うわあ……誠、マジで弱い」
「スライム相手に倒れるとか、逆にすげえよ」
「こんな奴見たことねえ」
笑い声が響く中、誠は膝をついたまま立ち上がれなかった。
(くそっ!)
グラウンドを叩いて悪態をつく。
20XX年。世界にダンジョンなるものが出現した。洞窟内に眠る資源を求め、日本政府はダンジョン討伐に力を注いでいる。学生とて例外ではない。公教育の現場でも、討伐試験が通知簿の評価を決めるまでになっていた。
──なのだが、
この物語の主人公 名取誠は、討伐の素質がないばかりか、最低評価Fを取る毎日。
いつか憧れの配信者になりたいと夢を燃やすも、彼の願いは出発すら許されない厳しい現実をつきつけられているのであった。
フワッと長い黒髪が舞った。
「大丈夫? 怪我はない?」
振り返ると、誠がひそかに想いを寄せる相手、倉崎 美耶が、心配そうな表情で見下ろしていた。
制服越しに迫るFカップの膨らみ。襟元から覗く谷間。桜の花弁を纏った春風は、彼女のスカートを揺らして、ニーソックスとの間の太ももを極限まで魅惑的に映している。
「はっ、はい! 大丈夫です!」
誠はグラウンドを蹴って即座に立ち上がった。
「今日は、か、風邪で、上手くいかなっただけで。次回こそ本気を見せます!」
「楽しみにしてるわねっ!」
彼女はにっこりと微笑む。
素質がないのは知っている。でも、そんな自分を拒否するように、誠は同級生に見栄をはる。敗北を知らない花の高校二年である。諦めるにはまだ早い。いつかチートスキルが芽生えるはずだと、彼は信じて疑わなかった。
♢ ♢ ♢
放課後。
F判定の紙を握りしめ、彼はトボトボと帰宅する。
クラスから笑われたのが悔しく恥ずかしく、試験を思い出すたびに気分が暗くなった。
「だめだ、落ち込んでちゃ!」
彼は首を振った。恥ずかしい姿をさらしたからこそ、クラスの女神 倉崎さんに心配してもらえた。
「そうだ! 倉崎さんは自分に気があるのかもしれない!」
そう思うと、少しだけ傷んだ心が温かくなった。
——そのとき。
後ろからクラスの女子たちが楽しそうに話して、自分の背中を追い越していった。
「えー、倉崎さん、A判定! すごーい!」
「そんなことないよー!」
噂をすれば彼女らしい。彼は紙をしまって、聞き耳をたてた。
「これで告白できるね! 池田クン、A判定以上の女としか付き合わないって言ってたもん」
「もう、からかわないでよー!」
「キャッ! 池田クン……!」
「倉崎。お前、俺のこと好きだったんだな。俺もずっと前から好きだったぜ」
「わたしも大好き!」
——ガーン!
誠は灰になって、その場でくずおれた。
想い人が、イケメンでS判定の池田に焦がれていた事実。その池太がまるで映画の脚本のように現れて、告白してOK。
ついさっきまで、誠の脳内で自分を抱き締めてキスを迫っていた彼女は、リアルのイケメンに奪い取られてしまったのだ!
(どこのB級映画がこんなクソな話を思い付くんだよ……!)
そう思ってみても、倉崎は池田の腕をつかみ、ラブラブで下校している。
二人の小さくなる姿を目で追い、
「んだよ。……何もかも上手くいかねーのかよ」
誠は吐き捨てた。やがて、失恋した心を映すように、雨がしとしとと地面に注いだ。
♢ ♢ ♢
『最新AIの性能テストに協力していただけませんか?』
誠は帰宅すると、巻貝のように自室にこもった。
どうせ自分はなにをやってもダメだ。そう無心でスマホをいじっていると、怪しげな広告が画面を占領した。
(また詐欺かよ!)
誠は人並みに頭の冴える男である。詐欺だと判断すれば、すぐに右上のバツ印をタップする。
だが、この広告は様子が違った。
バツ印がない。広告タイトルの下に、大長文の規約が続いている。
『利用規約。「Dungeon-AIベータ」は、どんなダンジョン配信動画でも、わずか三分で生成できる最新AIアプリです。性能テストにご協力していただけませんか? 試用期間は一カ月。期間を過ぎると自動でアプリが削除されます。証拠は残りません。以下の利用規約を読んで、正しくお使いください。第一条……』
どうやらダンジョン配信専用の動画生成AIらしい。
今どき動画生成AIなど珍しくもない。誠がときめいたのはそこではなかった。
(——どんなダンジョン配信でも作れる、しかも証拠が残らない……だと?)
例えば、SSランクのダンジョン討伐動画を上げて、一躍有名になるなんてことも……できるのか?
誠は胸に手をあてて妄想を広げた。
(これがあれば倉崎さんと付き合える……かも)
どん底にいた彼は、承認欲求のモンスターであった。目は不自然に歪んで光り、よだれが口元を伝う。
その日、誠は人生で初めて、怪しすぎる広告を自分からクリックしてしまっていた。
♢ ♢ ♢
アプリのダウンロードはすぐに終了した。ウイルス感知の反応はない。
彼は震える指で、「Dungeon-AIベータ」と書かれたアイコンを押してみた。
『ベータ版の性能テストにご協力いただき、ありがとうございます。簡単3ステップでアプリを利用できるようになります』
パッと画面が明るくなり、華やかな音楽と可愛いペンギンキャラクターが出現した。下にはアプリ名と会社のロゴ。
ゆるっとした雰囲気に、誠の緊張の糸が一気に切れる。
それから、カメラ機能で顔を写したり、自分の声紋をとったりして初期設定が完了した。
『好きなワードを入れて動画を生成してみましょう。ただし、公序良俗に反するものは生成できません』
いよいよ、ダンジョン配信の動画を生成できるらしい。
ものは試しと、
『高難易度ダンジョンをソロクリアする動画を生成して』
適当に打って『生成』ボタンを押した。
なにか、全身を逆撫でするような背徳感が誠を襲い、彼はたまらずベッドに横たわった。
レスポンスはすぐに来た。
ピローン。
プッシュ通知に『生成完了しました。クリックして動画をアップロードしてみませんか?』のメッセージが現われる。
(なるほど、YourTubeに自動アップロードしてくれるのか、便利だな……)
彼は軽い気持ちで『はい』を押した。
「ごはんよー!」
下階から母親の声がする。
誠はスマホをほったらかして階段を降りていった。