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第一話

 翌日の午後、僕は王宮の庭園でエリザベス・ヴァルトハイム公爵令嬢を見つけた。

 彼女は白い薔薇を見つめながら立っていた。完璧に整えられた金髪、凛とした青い瞳。いつもの優雅な微笑みを浮かべているが、どこか以前と雰囲気が違う。


「エリザベス様」


 僕の声に、彼女は振り返った。


「あら、リオン様。お疲れ様です。どうかなされましたか?」

「お疲れ様です。その……昨日の件で、お心を痛めていらっしゃるのではないかと思って」


 エリザベス様は軽やかに、そして優雅に笑った。


「ああ、婚約破棄の件でしょうか? 全く気にしておりません。むしろ、陛下の正しいご判断に感謝しているくらいです」


 僕は戸惑った。てっきり落ち込んでいると思ったのに。


「でも、アレクサンドロス兄上が最前線に送られて...」

「当然の報いです」


 エリザベス様の声に一瞬、冷たさが混じった。

 しかしすぐに微笑みを浮かべ、「こんなところで話すのも何ですから、どうぞこちらへ。お茶でもお淹れしましょう」と言ってくれた。彼女について薔薇園の中央へ進む。


 しばらくすると、小さな東家があった。僕たちはそこにあるテーブルに座る。使用人がお茶の用意をした後、部屋から下がっていく。エリザベス様は紅茶を注いで、僕の前に置いた。優しい香りが鼻腔をくすぐり、緊張をほぐしてくれるような心地だった。


「王室の威信を傷つけ、同盟諸侯を愚弄した罪は重い。アレクサンドロス様は自業自得です」


 薔薇の花びらを指先で撫でながら、彼女は続けた。


「それに──これで私にも新しい道が開けました」

「新しい道、ですか?」


 エリザベス様が僕を見つめた。その瞳に、何か深い意図があるのを感じた。


「リオン様、実は昨日から考えていたことがあります」

「何でしょうか?」

「あなたに王になっていただきたいのです」


 僕は驚いた。それは、あまりに突拍子もない発想だったからだ。

 エリザベス様がまともではないのかと思ったが、冗談で言っているとは思えない真剣な表情をしていた。


「え、でも僕はもう王位継承者になって……」

「そうではありません」


 エリザベス様が首を振った。


「真の意味で、理想的な王になっていただきたいのです」

「理想的な王?」

「はい。アレクサンドロス様方のように、感情に流されて国を危険に晒すような王ではなく、民のことを真に思い、知恵と慈悲で統治する王に」


 僕は困惑した。

 確かに自分もアレクサンドロス兄上が情けないこと、やらかしたことについては思う所があった。

 だが、だとしても自分は王に向いていない。何となく分かってくるのだ。僕にはそういう才がないと。

 しかしそんなこととは全くお構いなしにエリザベス嬢が続けた。

「あなたなら必ずできます。私が保証します」



 次の日、僕は図書館でマリアンヌ・ローズブルク侯爵令嬢と会いに行った。

 図書室で本を読む少女は 侯爵令嬢としての威厳に満ち溢れた佇まい。彼女もまたアレクサンドロス兄上が戦場へ送られるのについては気にしてる風ではなかった。

 というよりも、むしろ安堵しているようだな印象を与える。


 「リオン様!」


栗色の髪を揺らしながら、マリアンヌ様がいつもの明るい笑顔で手を振った。


「マリアンヌ様、お元気そうですね」

「もちろんです。エドワード様との婚約が解消されて、心がすっきりしました」



 彼女は本を閉じた。

 窓から差し込む夕日に照らされた表情は、どこか神々しささえ感じられた。

 エリザベス嬢は王族の血を引く公爵令嬢だけあって高慢で驕慢な所があるのに対し、この女性には優しい包容力を感じさせた。

 だが、今回のような事件の時に冷たい部分も見せる。そういった性格であるからこそエドワードの側から求愛してきたのだ。


「それに、陛下のご裁定は実に爽快でした」

「爽快?」

「ええ。あの男爵令嬢の末路を見たときは、思わず拍手したくなりましたもの。奴隷身分への転落なんて、王室を愚弄した代償としては妥当ですわ」


 僕は少し眉をひそめた。

 マリアンヌ様の言葉に、普段の明るさとは違う厳しさを感じたのだ。


「それより、昨日エリザベスと話したでしょう?」

「え、なんでそのことを……」

「エリザベスとは連絡を取り合っているんです。私たちには共通の目的がありますから」


 マリアンヌ様の緑の瞳が輝いた。


「リオン様、あなたに王になってもらいたいのです」


 また同じ話だった。


「実は、私は隣国ルーベンシア王家の遠縁にあたります」

「隣国の?」

「ええ。エドワード様との婚約が破談になった時は、両国関係の悪化を心配したのですが、リオン様が王になられれば、むしろ以前より良好な関係を築けると、叔父様がおっしゃって」


 マリアンヌ様の説明で、僕は事態の重要性を理解し始めた。

 これは単なる個人的な問題ではない。国際関係にも関わる大きな話なのだ。





 その夜、僕の部屋にノックの音が響いた。


「リオン様、セラフィナです」


 三兄フィリップの元婚約者、セラフィナ・ローズマリー伯爵令嬢の控えめな声だった。

 僕が扉を開けると、銀髪の美しい少女が不安そうに立っていた。


「セラフィナ様、どうされました?」

「あの...エリザベス様とマリアンヌ様から聞きました。私も、お力になりたいと思います」


 セラフィナ様は普段人見知りをする性格だが、今夜は決意を秘めた表情をしていた。


「フィリップ様の処罰を見て、私も目が覚めました。あの方は私の気持ちなど少しも理解してくださらなかった。でも、リオン様は違います」

「僕が?」

「はい。リオン様なら、きっと素晴らしい王になれます。私たちは、それを確信しています」


 セラフィナ様の瞳に、不思議な光が宿った。


「実は...私、幼い頃に一度だけ、神様のお声を聞いたことがあります」

「神様の?」

「『末っ子を助けなさい』と。当時はまだリオン様がお生まれになっていなかったので、意味が分からなくて。でも、リオン様にお会いした瞬間に分かったんです。この方こそ、私が守らなければならない方だと」


 僕は驚いた。神託? そんなことが本当にあるのだろうか。

 でも、セラフィナ様の真剣な表情を見ていると、疑う気にはなれなかった。


「三人とも、僕に王になれと言うのですね」

「はい」


 セラフィナ様が頷いた。


「そして...」


 彼女は頬を赤く染めながら続けた。



「私たちが、あなたの妃になります」



 僕の心臓が跳ね上がった。

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