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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

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第168章 深海のハッチ



 相模トラフ、水深6,000メートル。

 無人潜水艇〈シーハウンド〉のヘッドライトが切り裂く光の輪の中で、黒い海底がひび割れたように崩れ、その奥から金属光沢が顔をのぞかせていた。


 カメラ越しに見えるのは、自然には決して存在しない幾何学的模様。

 六角形が蜂の巣のように連なり、中心には円形の孔。そこから淡い赤い点が規則的に点滅していた。


「……ハッチだな」

 横須賀・《大和》艦内の管制室で、技術士官が唾を飲み込むように言った。

 モニターの映像が不気味に明滅し、深海の静寂に拍動する心臓のようなリズムを与えていた。


「UUV二号機、アームを展開。周辺の岩塊を取り除け」

 指示が飛ぶ。


 潜水艇のマニピュレーターが器用に動き、岩盤をひとつずつ外していく。砂塵が舞い、ライトが乱反射する。

 やがて格子模様の輪郭が完全に露出した。直径およそ四メートル。中央の円孔は人が一人通れるほどのサイズ。

 ――それは明らかに「扉」だった。


 管制室にいる研究者たちは言葉を失っていた。

 JAMSTECの主任研究員が息をのむ。

「これは……地殻の下に人工的空間がある証拠です。まるで潜水艦のハッチのように見える」


 米国NOAAの技術者が鋭く言い返す。

「だからこそ危険だ。これが“蓋”であり、内部に圧力や放射線、あるいは未知の物質が閉じ込められているとしたら? 開ければ取り返しのつかないことになる」


 防衛省の海洋班長が机を叩いた。

「だがアラートは点滅を続けている。三つのトラフに仕掛けられた装置の限界を示しているのではないか? この内部に“制御機構”があるのなら、開けなければ我々は何もできない」


 議論が沸騰する。


「開封は博打だ!」

「だが放置すれば東京が消える!」

「これは科学ではなく政治の判断だ!」


 そのとき、米海軍の潜水チームリーダーが静かに口を開いた。

「映像をよく見ろ。中央の赤点滅は……こちらのライトに同期しているように見える」


 全員が息をのんだ。

 潜水艇がライトを点滅させると、確かにハッチ中央の赤光もリズムを変えた。

 まるで――応答しているかのように。


「これは警告ではなく、“通信”かもしれない」

 JAMSTECの女性研究員が声を震わせた。


 会議卓を囲む者たちの視線が、地震研究所の教授に集まる。

 白髪の教授は長い沈黙の末、重く口を開いた。

「我々はこれまで、地震を“天災”と呼んできた。しかしこの装置が本当に歪みを解放していたのなら……巨大地震は“制御可能な現象”だった可能性がある。

 もしこのハッチの奥に、その制御装置があるのなら――人類の未来は変わる」


 官僚が顔をしかめる。

「未来だと? 今必要なのは東京を救うことだ!」


 教授は眼鏡を押し上げ、静かに答えた。

「未来を掴めなければ、東京を救う術もないのです」


 議論は平行線をたどった。

 米国側は「開封はリスクが高すぎる」と主張、日本側は「避けられない」と反論する。

 ついに、合同指揮官が決断を下した。

「……まずは“ノック”だ。アームで軽く叩き、反応を確認する」


 潜水艇のマニピュレーターが伸び、ハッチ中央の円孔をコンと叩いた。

 その瞬間、赤い点滅が強烈な閃光に変わった。

 深海全体が一瞬、昼のように照らされたかの錯覚。


「……応答した!」

 通信士の叫びが響く。


 モニターに、不明なコード列が怒涛のように流れ込む。

 そのパターンは規則的で、まるで暗号通信のようだった。


「これは……時系列データだ。南海、東海、相模――過去のすべての巨大地震の波形が網羅されている!」

 研究員の声が震えた。


 だが、最後のフレームに映っていたのは――

 “東京湾直下、赤く点滅する未来の震源マーカー”。


 会議室が凍りついた。

 ハッチの奥からは、なおも規則的な光が点滅を続けていた。

 それは「ここを開けよ」と誘う呼吸のようでもあり、

 「開ければ終わる」と警告する鼓動のようでもあった。


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