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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

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第161章 深海の黒匣


小説断章:深海の黒匣


 東京大学地震研究所の深夜の会議室は、通常の観測報告とはまったく異なる緊迫感に包まれていた。

 厚い防水ケースに収められた、黒色の筐体。表面には、長年の海水に曝されていたはずなのに腐食の痕跡はほとんどなく、異様なほど滑らかな金属光沢を放っていた。


 それは、深海調査船〈しんかい6500〉のチームが相模トラフ沖の海底で、偶然回収しかけた未知の装置だった。回収アームで把持した瞬間に制御系が異常を示し、搭載クレーンが過負荷に陥ったという。海底からわずか数メートル引き揚げたところで緊急切離しを余儀なくされたが、その際に装置から放出されたカプセル状の「副筐体」が奇跡的に回収されていた。


 副筐体が研究所に届けられたのは翌日午後。ケースを開封し、内部から取り出されたのは手のひら大のブラックボックスだった。

 数本の細いケーブル端子を通じて解析用サーバに接続すると、即座に膨大なデータが吐き出された。


「これは……地震波形か? いや、通常の観測データとは解像度が違う」

 スクリーンに並ぶグラフを見つめ、若手研究員が声を失った。


 教授の白髪頭が前に傾く。

「三つのトラフ……南海、東海、相模。それぞれの過去数百年のひずみ解放と再蓄積のデータが時系列で記録されている。こんな精度は、現在の最先端地震計を集めても不可能だ」


 グラフは、1707年宝永地震、1854年安政東海・南海地震、1923年関東地震、1944年東南海地震、2011年東日本大震災……歴史上の巨大地震を、まるでリアルタイムに録画したかのように精緻に再現していた。


「この装置、我々の観測開始以前のデータまで網羅している……つまり“後付け”ではなく、**その場で観測し続けていた”**としか思えません」

 解析班長の女性研究員が呟く。


「では、この装置はいったい誰が……」

 若手の声は途中で途切れた。誰も答えられなかった。


 数時間後、首相官邸からの要請により、研究所はデータの一次解析結果を防衛省と米国大使館に提出。即座に国防総省経由でホワイトハウスへ転送された。


 深夜二時、テレビ会議システムに米国側の顔ぶれが並ぶ。NOAA(米海洋大気庁)の地震学者、海軍の潜水艦救難部隊指揮官、CIAの技術分析官。日本側は防衛省海洋班、海上自衛隊の技術士官、そして地震研究所の教授陣。


 冒頭で米側の地震学者が言い放った。

「このデータが本物なら、我々は人類史上初めて“巨大地震の発生場所と発生時期を確定できる”可能性を手に入れたことになる」


 室内がざわめく。

 教授は眼鏡を押し上げ、静かに答えた。

「問題は、この装置が“限界に達しつつある”ことです。ブラックボックスの最後の数フレームには、明滅するアラート信号が記録されていた。これは、三つのトラフの歪み解放システムが飽和状態にあることを示している。つまり——近いうちにどこかで“必ず”M9級が発生する」


 議論は一気に白熱した。

「装置を直接回収して、詳細を解明すべきだ」

「だが6500では限界だ。水深6,500mまでが設計上の限界。相模トラフの深部はそれ以上だ」

「米海軍の〈アルビン改〉と無人探査機群を投入する。日本側は?」


 防衛省担当官が頷いた。

「戦艦《大和》の艦載資産を転用する。潜水艦救難用に開発されたUUV(水中無人ドローン)部隊をすでに搭載している。高出力ソナーとマニピュレーターを備え、深海回収任務に適応可能だ」


 米国側の指揮官が目を細めた。

「大和……あの再武装艦を、科学任務に投入するのか」


 日本側の教授が苦笑を浮かべる。

「科学と軍事は、深海においては表裏一体です。未知の装置を放置すれば、東京どころか太平洋沿岸全域が壊滅する可能性がある。ここで立場を選んでいる余裕はありません」


 最終的に、日米合同深海調査チームの結成が決まった。

•日本側:〈しんかい6500〉、戦艦大和搭載UUV群、海自潜水医学チーム

•米国側:有人潜水艇〈アルビン改〉、無人深海探査機〈Nereus-II〉群、海軍救難母艦


 両国の旗が並ぶモニターの前で、合同チームリーダーが短く宣言した。

「ミッション名は“トライデント”。三つのトラフを制する作戦だ」


 翌朝、横須賀港。

 戦艦大和の艦首クレーンから、真新しいUUVが次々と海面に降ろされていく。

 黒い艶消し塗装の機体には、サーチライト、マニピュレーター、サンプル回収用のシールドケース。艦尾ハッチからは、医療班と通信士が休みなく搬入されていた。


 

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