第159章 地震研究所
東京大学地震研究所のモニタールーム。深夜にもかかわらず、青白い蛍光灯の下で数人の研究員がスクリーンを凝視していた。
壁面にはGPS観測網のリアルタイムデータが映し出され、東海から関東にかけての数値が赤く点滅している。
「……この沈降量、本当に二週間で4センチも?」
若手研究員が声を潜めて呟く。指差したのは、房総半島沖の海底地殻変動データだった。
「間違いない。国土地理院の解析とも一致している」
教授格の男が答えた。灰色の髪を後ろに撫で付け、分厚い資料をめくる。
「しかも、低周波微動が東海から関東に連動して出ている。プレート境界が一斉に“うなって”いるんだ」
別の女性研究員がラドン濃度のグラフをスクリーンに重ねた。
「井戸水サンプルの放射線量、平常値の倍以上。気圧や降水量で説明できる変動幅をはるかに超えています」
室内に沈黙が落ちた。
誰も口にしないが、全員が同じ言葉を頭の中で反芻していた。
——前震かもしれない。
若手が耐え切れず、教授に問う。
「……公表すべきでは?」
教授は眼鏡の奥で目を細めた。
「その言葉を軽々しく出すな。M9クラスが確定的に来ると断言した途端、東京は混乱に沈む。交通も物流も止まり、避難所は暴動に近い騒ぎになる」
「でも、もう現場では感じ取られてます」
女性研究員が声を震わせた。
「避難所から“地鳴りが続いて眠れない”“水が濁っている”という報告が上がってます。データと現場が同じ方向を指しているのに、沈黙するんですか?」
教授はゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。
「科学は可能性を示すことはできる。だが“確実な予知”ではない。……我々にできるのは、ここにある数字を記録することだけだ」
若手は机を叩いた。
「記録するだけで、また何万人も死ぬのを黙って見てろって言うんですか!」
その声は制御室の壁に反響し、静まり返った。
外では、冬の夜風がガラス窓を叩いていた。
教授は、かすかに震える声で続けた。
「……科学者は予言者じゃない。だが、この揺らぎを見過ごしたことも、歴史に記録されるだろう」
誰も返事をしなかった。
ただ、スクリーンの赤い数値がじわじわと上昇を続けていた。




