第138章 山岳戦
標高二千メートル。濃い霧が斜面を覆い、夜風に揺れる杉の枝が擦れ合って低いざわめきを立てていた。山道を這うように進む車列の音が、霧の中にこだましている。解放軍の燃料トラック群だ。ヘッドライトは布で覆われ、薄黄色の光がかろうじて路面を照らす。エンジン音は抑えきれず、谷間にこだましていた。
岩陰に身を伏せる台湾陸軍第66旅団の分隊長・許は、頬に冷えた銃床を押し付けながら狙撃銃の照準を覗き込んだ。銃口の先に、かすかに光を反射する運転席のガラスが浮かぶ。息を殺すと、霧の湿り気と油の匂いが肺を満たした。背後では、地元の青年たちが谷間の斜面に身を伏せ、鉄線に繋いだIEDの起爆装置を握りしめている。彼らの額には冷や汗がにじみ、だが目は真剣そのものだった。
「弾は三発。狙うのは先頭の運転席だ。」許は声を潜めて指示を出す。仲間たちの短い頷きが闇の中で返ってきた。
やがて、先頭車両が霧の中から姿を現す。曲がり角に差しかかる瞬間、許はわずかに息を吐き、引き金を絞った。乾いた銃声が山に吸い込まれ、次の瞬間、先頭の窓ガラスが粉砕される。ハンドルを握っていた兵士の身体が崩れ落ち、トラックは制御を失って横転し、土煙を上げながら道を塞いだ。
「起爆!」青年の叫びと同時に、谷底から轟音が響く。埋められたIEDが爆ぜ、列の中央を大きく吹き飛ばした。爆炎は燃料タンクに引火し、立ち上る火柱が霧を赤々と照らした。山道は一瞬にして炎と黒煙に包まれる。
護衛についていた解放軍兵が慌てて散開し、弾幕を張ろうと銃を撃ち始める。だが、霧と火災で視界はほとんど効かない。発砲は空を裂くだけで、敵の姿を捉えることはできなかった。
許は手信号を出し、すでに仲間たちは撤収を開始していた。岩場を駆け上がり、稜線の陰へと身体を滑り込ませる。背後に炎の赤が揺れ、爆ぜる燃料タンクの音が夜空を震わせる。
「撃ったらすぐ移動だ。追撃はさせない。」許の声は冷静だった。
数分後、山道には崩れたトラックと、炎に照らされた黒煙だけが残った。




