第130章 北朝鮮・地下会議室
北朝鮮・平壌郊外 地下会議室(2027年11月13日)
厚いコンクリートの壁に囲まれた部屋は、照明の白色光に照らされていたが、室内に座る者たちの顔は陰影を帯び、やつれきって見えた。
国家主席はすでに中国へ亡命。家族は米国の作戦によって殺害され、後継の「血統」は完全に絶たれた。
残されたのは数名の閣僚と将校、それに「臨時政府」という名ばかりの枠組みだった。
「現実を見なければならない。」
対外政策担当の老外交官が、静かな声で切り出した。
「我々は、もはや“国家”ではない。行政機構も軍も瓦解し、首都は廃墟。国民は生存のため、すでにロシアの配給や統治に依存し始めている。」
軍務局長が苛立ちを隠さず机を叩いた。
「それでも、ここで“北朝鮮は死んだ”と認めれば、我々は歴史から消える。名も痕跡も残らない。臨時政府として形だけでも旗を掲げ続けねばならない。」
「旗を掲げることに、どれほどの意味がある。」参謀長が冷ややかに返す。
「ロシアは既に清津、羅先に行政官を送り、住民は順応しつつある。中国も口を出さず、米国は敵。庇護を求める先はどこにもない。」
会議室に沈黙が落ちた。
椅子に深く沈んでいた主席代行が、ゆっくりと口を開く。
「選択肢は限られている。第一に、ロシアの庇護を受け入れる。彼らの支配の下で“朝鮮の臨時政権”として看板を残す道だ。
第二に、中国にすり寄り、ロシアの膨張を牽制するための“交渉カード”として利用されることを狙う。
第三に、国外で亡命政府を標榜し、時間を稼ぎながら『正統性』を主張し続ける。」
対外政策担当が首を振る。
「三つ目は非現実的だ。日本は焼け野原、韓国は我々を憎悪し、米国は交渉の相手にすらしない。第三国に旗を立てても、誰も承認しないだろう。」
「ではロシアか、中国か。」軍務局長が短く言い放つ。
老外交官がため息を漏らした。
「ロシアに従えば、民族自決は完全に終わる。しかし食糧と秩序は戻るだろう。
中国に頼れば、利用価値がある間は庇ってくれるかもしれないが、台湾戦線で手一杯の彼らに長く守る余力はない。」
「結局、どちらに寄ろうとも、我々は“道具”にすぎない。」参謀長が低く呟く。
主席代行は机に置かれた手を強く握った。
「それでも、我々には役割が残されている。——この地に“北朝鮮の臨時政権”が存在する、という事実そのものだ。
国民の大半はロシアの旗の下で暮らすだろう。だが国際社会に対して、民族の名を消させない象徴となるのが我々の使命だ。」
誰も拍手も賛同も口にしなかった。
だが否定もできなかった。
 




