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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

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第126章 軌道上の亀裂



——二週間。

台湾侵攻に始まり、東京への核着弾、2000機のドローン攻撃、朝鮮半島での攻防と撤退、そしてロシアの北朝鮮電撃侵攻。地上の情勢は刻一刻と変わり、ISSにいるクルーはその都度「静かに壊れていく世界」を見せつけられていた。


だが、戦争の火は地球の外縁にもじわじわと影を伸ばしていた。


「ヒューストンとのループ、また断続的に途切れてる」

NASAのモラレスが通信端末を叩きながら顔をしかめる。

「静止衛星経由の中継網が不安定なんだ。EMPの影響で日本と韓国の地上局が沈黙して、迂回ルートが渋滞してる」


筑波の音声も遅延して戻ってくる。

『……ISS、こちら筑波。二十四時間以内に補給スケジュール再検討……Dragonは打ち上げ延期……燃料関連の問題……』


「延期?」とESAのマエルが呟いた。

ISSの生命線は定期的な補給船だ。食糧・水・酸素だけではなく、姿勢制御のための推進剤、各種実験用のサンプル、医薬品。わずかな遅れが積もれば、すぐに生活や運用に跳ね返る。


「ロシア側はどうなんだ?」斎藤が問う。

マエルは肩をすくめた。

「Progress補給船は予定通りと言ってる。でもモスクワの言葉をどこまで信じるか、ね」


数日後。Zvezdaモジュールに入った斎藤は、違和感を覚えた。

通路の掲示板から、米国側の作業スケジュールが外されていた。代わりにロシア語だけの短い紙が貼られている。


「……統合作業の予定は?」と尋ねると、船長のセルゲイは無表情で答えた。

『統合スケジュールは当面中止だ。国家間の協力は保証できない』


「だが我々は同じ乗組員だろう」

『科学者としてはそうだ。だが命令は命令だ』


その言葉に、斎藤は背筋が冷えるのを感じた。協力の網が少しずつ解け始めている。


補給の遅延は、すぐに食事のメニューに影を落とした。

「残りのフリーズドライ食品を三割節約。飲料水も週単位で配分調整」

モラレスが表を示すと、クルーの顔に疲労が広がった。食事量の減少はすぐに体調に響く。作業効率が下がれば、ISSの維持そのものが難しくなる。


「酸素生成は?」

「電解槽は稼働してる。ただカートリッジの予備は減ってる」


誰も口に出さないが、次の補給船が予定通り来なければ、酸素と水の循環システムに余裕はなくなる。


その夜。

ヒューストンからの通信に、奇妙な言葉が混じった。

『Dragonは米国クルーの退避優先を確認。外国籍クルーについては、現時点では“未定”』


言葉の意味を理解した瞬間、船内の空気が変わった。

マエルが低い声で言う。

「つまり、座席に余裕はないってことね」

「まだ緊急事態じゃない。だが……」斎藤は声を詰まらせた。


ISSには救命艇として、ソユーズとDragonがドッキングしている。合わせて七席。クルーは八人。誰かが残される。

その問題は常に紙の上でシミュレーションされてきたが、今や「現実の決断」として迫りつつあった。


さらに数日が過ぎた。

ISSの内部に、目に見える亀裂が現れた。


「ロシア側が、姿勢制御のコマンドを単独で実行した」

モラレスの声に、皆が顔を上げる。

「二重確認の手順を飛ばして? 危険すぎるだろ」

「理由は不明。“ヒューストンとの調整は不要”だと」


国際的なルールが崩れると、ISSはただの「寄せ集めのモジュール」になる。電力は米国側、推進はロシア側。互いに相手を無視すれば、調和は崩壊する。


斎藤は、自分が“科学者”ではなく“国籍を持つ人間”として見られていることに気づいていた。

モスクワからの通達には必ず「日本人は米国側とみなす」と書かれていた。

——宇宙でさえ、国境線から逃れられない。


夜、窓から見下ろす地球は恐ろしいほど美しかった。

しかしその美しさの中に、暗黒の斑点が広がっていた。東京、台北、平壌。大都市の光が消え、地図から削り取られたかのように沈黙している。


「……人類がここまで進化して作ったステーションさえ、結局は国境に引き裂かれるのか」

斎藤の独り言に、マエルが小さく答えた。

「そうね。だけど境界線の上にいるのは、私たちよ」


ISSは地球の影をくぐり、再び光の帯の上に出た。

だがクルーたちの心に広がる影は、消えることはなかった。


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