第124章 改善の到来
七日目の朝、避難所の外に低いエンジン音が響いた。
砂埃を巻き上げながら、大型トラックが二台、校庭にゆっくりと入ってくる。
荷台に積まれていたのは、銀色に光るステンレス製のユニットと、山積みの段ボールだった。
最初にそれを見つけた子どもが叫んだ。
「なんか来た! でっかいの!」
その声に誘われるように、体育館にいた人々が次々と外へ顔を出した。
疲れ切った表情に、ほんのわずかな色が戻る。
「災害用マンホールトイレです!」
若い技師が声を張った。
その言葉を聞いた瞬間、婦人会の代表は口を押さえた。
夜ごと女性たちを苦しめてきた恐怖が、今まさに解かれようとしていた。
自衛隊員と作業員が手際よくマンホールの蓋を外す。
「下水処理場は稼働中。ここに直結させれば水洗で使えます」
湿った空気が立ちのぼる穴の上に、銀色の便座が据えられていく。
その光景を、子どもから高齢者までが食い入るように見守っていた。
段ボールが次々と開けられる。
中からは黒い凝固剤付きの袋と折り畳み便座が現れた。
職員の佐藤は声を震わせながら説明する。
「これは簡易トイレです。もし下水が止まっても大丈夫。一人三日分は確保できます」
言葉を発した瞬間、自分の胸が熱くなるのを感じた。
——数日間、何も約束できなかった。それがようやく「答え」になった。
高齢の男性が新しい洋式便座に腰を下ろした。
「おお……これなら足に負担がない」
その呟きに、周囲の老人たちが一斉に安堵の息を漏らした。
婦人会の代表も目に涙を浮かべてつぶやく。
「やっと……これで夜が怖くなくなる」
ボランティアの女性は、便座を清掃しながら驚きの声を上げた。
「……匂いがしない」
その横で手伝っていた中学生が笑う。
「ロボットみたいで、ちょっとカッコいいっすね」
数日間、沈んでいた避難所に初めて小さな笑い声が響いた。
日が暮れるころ、ソーラー式の簡易灯が点灯した。
暗闇に照らし出された銀色の便座は、まるで希望の灯火のように並んでいた。
子どもたちは水筒を口にし、高齢者は小さな声で「助かった」と呟いた。
女性たちは互いに手を取り合い、列を作ることなく安心した顔で歩いていった。
体育館の入り口に立つ佐藤は、胸の奥で深く息を吐いた。
「ようやく……人間らしい生活に戻れる」
その独り言は、声に出さずとも避難所の誰もが同じ思いで抱いていた。
——悪臭と沈黙に支配されていた一週間は終わった。
新しい便座の光は、ここにいるすべての人に「まだ生きられる」という確信を与えていた。
 




