表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

951/2653

第124章 改善の到来



七日目の朝、避難所の外に低いエンジン音が響いた。

砂埃を巻き上げながら、大型トラックが二台、校庭にゆっくりと入ってくる。

荷台に積まれていたのは、銀色に光るステンレス製のユニットと、山積みの段ボールだった。


最初にそれを見つけた子どもが叫んだ。

「なんか来た! でっかいの!」

その声に誘われるように、体育館にいた人々が次々と外へ顔を出した。

疲れ切った表情に、ほんのわずかな色が戻る。


「災害用マンホールトイレです!」

若い技師が声を張った。

その言葉を聞いた瞬間、婦人会の代表は口を押さえた。

夜ごと女性たちを苦しめてきた恐怖が、今まさに解かれようとしていた。


自衛隊員と作業員が手際よくマンホールの蓋を外す。

「下水処理場は稼働中。ここに直結させれば水洗で使えます」

湿った空気が立ちのぼる穴の上に、銀色の便座が据えられていく。

その光景を、子どもから高齢者までが食い入るように見守っていた。


段ボールが次々と開けられる。

中からは黒い凝固剤付きの袋と折り畳み便座が現れた。

職員の佐藤は声を震わせながら説明する。

「これは簡易トイレです。もし下水が止まっても大丈夫。一人三日分は確保できます」

言葉を発した瞬間、自分の胸が熱くなるのを感じた。

——数日間、何も約束できなかった。それがようやく「答え」になった。


高齢の男性が新しい洋式便座に腰を下ろした。

「おお……これなら足に負担がない」

その呟きに、周囲の老人たちが一斉に安堵の息を漏らした。

婦人会の代表も目に涙を浮かべてつぶやく。

「やっと……これで夜が怖くなくなる」


ボランティアの女性は、便座を清掃しながら驚きの声を上げた。

「……匂いがしない」

その横で手伝っていた中学生が笑う。

「ロボットみたいで、ちょっとカッコいいっすね」

数日間、沈んでいた避難所に初めて小さな笑い声が響いた。


日が暮れるころ、ソーラー式の簡易灯が点灯した。

暗闇に照らし出された銀色の便座は、まるで希望の灯火のように並んでいた。

子どもたちは水筒を口にし、高齢者は小さな声で「助かった」と呟いた。

女性たちは互いに手を取り合い、列を作ることなく安心した顔で歩いていった。


体育館の入り口に立つ佐藤は、胸の奥で深く息を吐いた。

「ようやく……人間らしい生活に戻れる」

その独り言は、声に出さずとも避難所の誰もが同じ思いで抱いていた。


——悪臭と沈黙に支配されていた一週間は終わった。

新しい便座の光は、ここにいるすべての人に「まだ生きられる」という確信を与えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ