第109章 断たれた声
——2027年11月16日 午前8時25分。東京都・新宿駅周辺。
救護テントの中で、医師はストレッチャーを押さえながら無線機を掴んだ。
「こちら第3救護班! 至急、重症者を——」
だが返ってきたのは、耳を突くようなノイズだけだった。
看護師が顔を青ざめさせる。
「先生、どこにも繋がりません……」
無線だけではない。携帯端末も一斉に沈黙していた。
避難誘導にあたっていた消防隊員が怒鳴る。
「管制からの指示が来ない! どこに搬送すればいいんだ!」
誰も答えられないまま、負傷者は次々と担架に乗せられる。
だが搬送先は決まらず、救急車はその場に列をなすしかなかった。
——霞ヶ関・仮設指揮所。
統合幕僚監部の臨時拠点も、通信の断絶に飲み込まれていた。
幕僚が顔を歪める。
「全てのネットワークが沈黙……敵の妨害電波か?」
防衛通信士が震える声で答えた。
「いえ、これは……米軍のマイクロ波照射の影響です。ドローン群は落ちていますが……味方も……」
現場からの声が断たれ、誰も状況を把握できない。
瓦礫の下に埋まった人々の生死を繋ぐ「声」すら、空気中から切り取られたかのようだった。
——代々木公園・避難所。
母親が子どもを抱きしめながら、救護スタッフに泣き声で尋ねる。
「このままここにいていいんですか? 次に狙われたら……!」
スタッフは答えられず、故障した無線を睨みつけていた。
隣で自衛官が額に汗を浮かべて叫ぶ。
「本部と連絡がつかない! 避難経路を勝手に決めるしかない!」
人々の足並みは乱れ、列はばらばらに崩れていく。
押し合い、転倒する子ども、倒れる老人。
警察官と消防が必死に声を張り上げるが、その声は混乱に飲み込まれていった。
——東京湾上空・米空軍作戦管制機。
報告を受けた米空軍少将の顔に影が差した。
「……副作用が出ているな。」
オペレーターが苦渋の声で答える。
「現地通信、完全沈黙。ドローンの突破は止まりましたが、救護・避難は混乱しています。」
少将は沈黙したままスクリーンを見つめた。
そこには、群れの一部が失速し落ちていく光景と同時に、指揮を失った都市が混乱に沈んでいく様子が並んで映し出されていた。
「……守ったのか、壊したのか。答えはまだ出せん。」




