第103章 最後の群れ
——2027年11月16日 午前4時。平壌・旧空軍地下格納庫。
山の腹を穿った掩蔽壕の奥で、重厚な鋼鉄シャッターがきしみを上げながらゆっくりと開いていく。
冷えた空気が流れ込み、長年閉ざされていた地下空間が、初めて夜明け前の風を吸い込んだ。
その奥に横たわっていたのは、暗闇に潜む無数の機械の翼。
翼幅二メートル半、白熱灯のような赤い点滅灯に照らされ、鈍い金属の光を宿していた。
規則正しく並ぶ機影は、兵器というよりも死を孕んだ昆虫の巣窟に近かった。
二千という数字が、ただの数ではなく、圧倒的な「質量」として空間を支配していた。
地下壕の司令卓に立つ柳将軍は、しばし言葉を失っていた。
掌に汗ばむ端末。その画面には、北京から送られてきた暗号通信が浮かんでいる。
亡命した国家主席の短い指令。
——「最後の一撃を。首都を屈服させろ。歴史に残れ。」
柳は唇を噛んだ。
祖国は瓦解し、国境はすでに異国の兵に踏みにじられている。だが、この群れだけは残っていた。
まるで“亡霊”のように。
彼は静かに操作キーへ指を置いた。
小さな電子音が鳴り、点滅灯が一斉に緑へと変わる。
「……全機、目標:東京。」
その瞬間、格納庫の天井が振動し始めた。
二千のプロペラが同時に唸りを上げ、空気を切り裂く轟音が地鳴りのように広がる。
床板が共鳴し、コンクリートの壁がわずかに震えた。
長い間封じられていた沈黙が破られ、“群れ”が生き物のように息を吹き返したのだ。
重力に抗うかのように、一体また一体と機影が浮かび上がる。
鋼鉄のシャッターを抜け出すと、夜空に冷たい風をはらみ、群れは編隊を作りながら昇っていった。
二千の光点は瞬く間に一つの巨大な塊へと収束し、黒い雲のように空を覆った。
月明かりに照らされるその群体は、まるで意思を持つ怪物のように蠢いていた。
やがて雲は北東の空へと流れ出す。
東京へ向けて。
その速度も、その質量も、人間の感覚を超えていた。
柳は暗闇の中に取り残され、握りしめた端末の画面をただ見つめていた。
それは命令を実行した証として、淡々と文字を表示している。
——《LAUNCH COMPLETE:2000》
耳の奥で、まだプロペラの残響が鳴り続けていた。
彼にはそれが、二千の亡霊が叫ぶ声のように聞こえた。




