第40章 アニメ風
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1945年4月、沖縄沖。
座礁した「いずも」の作戦室には、深海のような静寂が漂っていた。誰もが言葉を失っていたのは、迫り来る影のせいだ。――原子力空母ロナルド・レーガンを旗艦とする米軍打撃群、そして二か月後に待ち受ける原子爆弾投下という未来。
「……状況は絶望的だ」
誰よりも先に口を開いたのは、片倉大佐だった。その声音には、冷徹な現実認識と、かすかな苛立ちがにじんでいた。
作戦室のモニターには、山名三尉が作成した戦術図が投影されている。赤と青の線が複雑に入り組み、まるで檻のように沖縄を取り囲んでいた。
「ご覧ください、司令」
山名がレーザーポインターを動かしながら続ける。
「米軍は『アイスバーグ作戦』で三重の包囲網を敷いています。第一層は外周艦隊。沖縄東方・南方200〜400キロの外海に展開し、第58任務部隊を中心とした空母機動部隊と戦艦群、それに潜水艦哨戒網が増援を阻止します」
「外周だけで、我々の通常戦力では手も足も出ないな」
渡会艦長が低くつぶやく。
「第二層は内周艦隊」
今度は片倉が補足する。
「エセックス級空母、アイオワ級戦艦を主軸に、特攻機の迎撃を主任務とする。とりわけ厄介なのがレーダーピケットラインだ。十数隻の駆逐艦を分散配置し、四六時中、探知網を張り巡らせている」
「さらに第三層が上陸支援火力群です」
三条が割って入った。彼の表情は若いが、声は妙に落ち着いていた。
「旧式戦艦ネバダ、テネシー、重巡、駆逐艦が中城湾に集結し、間断なく砲撃を続けています」
その説明を受けながら、渡会艦長は黙ってモニターを見つめていた。
制空、制海、火力、情報、機雷。あらゆる要素が組み込まれた包囲網――。
「これは近代戦における『鉄の檻』だ。今の技術では突破不能とされる類いのものだな」
だが、山名はわずかに笑みを浮かべた。
「可能性はゼロではありません」
モニターが切り替わり、大和と「まや」の航路が描かれる。
「我々が持つステルス技術と電波欺瞞、そしてタイミング。この三つが揃えば突破は可能です」
「具体的には?」渡会が問う。
「まず、F-35Bを使い、レーダーピケットに盲点を作る」三条が言葉を継いだ。
「ステルス性能と限定的な電子妨害で、外周艦隊の目を一時的に潰す。その間に、大和と『まや』が突入する」
「突入後は『まや』のイージスが防空を担う」山名が補強する。
「AESAレーダーとSMミサイル、大和の46センチ砲対空弾を組み合わせれば、B-29やP-51Dにも対応できる。米軍にとって予想外の反撃になるでしょう」
「突破できれば、本土・呉まで持ち帰れる」三条が言う。
室内に重苦しい沈黙が落ちた。
誰もが、計画の無謀さを理解していた。だが、同時にそれが唯一の道であることも。
「危険すぎる作戦だ」
渡会艦長が、硬い声で口を開いた。
「機雷、潜水艦、あらゆる罠が待ち構えている。しかし……原子爆弾を阻止するには、この切り札を動かすしかない」
作戦室に集まった四人の視線が交差する。
その瞬間、沈黙の中に一つの覚悟が生まれた。
大和と「まや」は、日本の命運を背負い、この鉄の檻に挑むのだ。