第99章 東京・外務省地下応接室
——2027年11月19日 午後7時。東京。
窓のない応接室。白い蛍光灯の下で、中国大使が無表情に座っていた。
対面するのは外務大臣と官邸側の高官。背後の空気は重く、誰もが既に「切り出される言葉」の重さを察していた。
大使は一枚の書類も持たず、ただ両手を組んで口を開いた。
「——日本は思っているでしょう。すでに脅威は去ったと。」
声は冷たく、抑揚がなかった。
「しかし、彼らはまだ矢を放ちきっていない。」
外務大臣が顔を上げる。
「……矢?」
大使はゆっくりと頷いた。
「そう。第二撃。あなた方の都市に再び降り注ぐ可能性がある。
だが——」
一拍の沈黙。大使は手をほどき、静かに言葉を置いた。
「我々はそれを止めることができる。」
部屋の空気が凍りついた。官邸の高官がわずかに椅子を軋ませ、口を開こうとしたが、大使の視線に遮られた。
「条件は単純です。」
大使の声は淡々としていた。
「台湾から手を引きなさい。自衛隊を撤退させるのです。それが、あなた方の首都を守る唯一の保証になる。」
外務大臣は唇を噛み、机上の資料を握りしめた。
「……脅迫か。」
大使の表情は動かなかった。
「選択です。」
その言葉が落ちた瞬間、応接室は沈黙に沈んだ。
外務大臣の耳には、遠くでまだ復旧しきらない東京のサイレンが響いていた。
核弾頭の閃光を生き延びた首都。その傷が癒えぬうちに、今度は「第二撃」という名もなき影が突きつけられた。
日本側の誰も即答できなかった。
ただ、背後の壁に映る東京の地図だけが、次の戦場の輪郭を静かに浮かび上がらせていた。




