第97章 3本の矢
北京・迎賓館の夜影
——2027年11月17日、北京。
迎賓館の応接間は厚い絨毯に包まれ、外界から切り離されたかのような静けさに沈んでいた。
灯りは低く、壁に掛けられた古い書画の墨線だけがかすかに浮かび上がっている。
中国高官は茶器を両手で抱き、言葉を選ぶように口を閉ざした。
その沈黙を割るように、亡命した北朝鮮国家主席がゆっくりと茶碗を回し、唇の端に笑みを刻んだ。
「……彼らは、すでに全てが終わったと思っている。」
囁きは乾いて、どこか遠い音のようだった。
高官が眉を寄せる。主席は視線を落としたまま、さらに低く続けた。
「だが放った矢は、まだ一本にすぎない。」
その言葉に、室内の空気がわずかに揺れた。
高官の顔が硬直し、指先が茶碗を強く握りしめる。
主席はそこで初めて目を上げ、高官を真っすぐに射抜いた。
瞳は暗く深く、光を宿していないのに、見据えられた者の心臓を冷やす力を持っていた。
「二の矢……そして三の矢。」
彼は一拍置き、口角をわずかに上げる。
「まだ弦にかかっていることを、敵は知らない。」
応接間に重い沈黙が落ちた。
高官は問い返そうと口を開きかけたが、その先の言葉を呑み込んだ。
主席は再び茶器を手に取り、淡々と口を湿らせるだけで、それ以上は何も語らなかった。
窓の外には、北京の街が光の網のように広がっていた。
主席はその光を長く眺め、薄い笑みだけを残した。




