第94章 ワシントンD.C. シチュエーションルーム
——2027年11月 午前0時(EST)。
シチュエーションルームの空気は重かった。
壁面スクリーンには、台湾東部の衛星画像とともに、沖縄諸島に赤く点滅する避難民到着のマーカーが並んでいる。
国家安全保障会議(NSC)のスタッフが報告を続ける。
「中国軍は休戦協定を破棄し、台湾東部に再侵攻。住民を強制的に沿岸部へ追い立て、海上へ押し出しています。すでに数万単位の避難民が日本・沖縄に到達。」
国防長官が腕を組んだまま口を開いた。
「つまり、北京は“人間の波”を兵器化した。だが狙いは明白だ。日本を疲弊させることだ。」
CIA長官が資料を叩きつけるように置いた。
「問題は、日本がこれに耐えられるかどうかだ。数百万規模の流入となれば、経済・治安・政治はすぐに混乱する。」
国務長官は深く息を吐いた。
「我々は人道支援を表明しつつ、現実には——負担の大半を日本に押し付けることになるだろう。米国内世論は“アメリカ本土で難民を受け入れろ”とは言わない。」
沈黙ののち、大統領が口を開いた。
「では、我々は何を優先すべきだ? 台湾防衛か、日本の安定か。」
統合参謀本部議長が即座に答える。
「優先は台湾防衛です。難民問題は政治・人道のレベルに留め、日本には“受け入れを継続せよ”と圧力をかける。沖縄は確かに限界を迎えるが、それでも前線維持の代償として甘受させるべきです。」
スクリーンが切り替わる。那覇港の映像。避難民の群衆が押し寄せ、混乱する姿。
室内に緊張が走るが、どこか他人事のような空気が漂った。
国防長官が静かに言う。
「日本は同盟国だ。だが、我々の役割は“シールド”を提供することであって、“避難民の親代わり”になることではない。」
大統領は短く頷いた。
「結論は明日午前に声明として出す。——台湾防衛の強化を最優先、人道支援は国際社会と分担。日本には引き続き受け入れを求める。」
誰も異議を唱えなかった。
その瞬間、米国と日本の間に横たわる温度差は、スクリーン越しに突き付けられていた。
日本にとっては国家存亡の危機。だがアメリカにとっては——戦略的な“負担分配”の問題にすぎなかった。




