第87章 報告の嵐
(永田町・地下四階/T+96h)
地下四階、危機管理センターの臨時会議室。
空調は震えるような低い唸りを立てていたが、焦げ臭い匂いを完全には押さえ込めなかった。核着弾から四日。地上はまだ黒煙を上げ、霞ヶ関の官庁街は崩壊したままだ。
壁一面の地図に赤と青のピンが散りばめられている。赤は危機、青は維持。だが赤ばかりが目立ち、視覚だけで人の心を押し潰す。
榊原総理は、背もたれに沈んだまま、声を張った。
「——報告を始めろ」
統合幕僚監部の若い連絡官が立ち上がり、紙束を握り締めていた。汗が額に滲み、喉を鳴らしてから言葉を発した。
「ロシア連邦軍、三十八度線まで進出を確認。北朝鮮臨時政権および中国当局の了解のもと、とのことです」
ざわめきが広がった。
「進駐と言うが、実態は軍事占領だろう」
榊原の目は鋭く光った。
外務次官がすぐに応じた。
「表現は“臨時行政代行”と。だが北朝鮮北部がロシア軍政下に入ったのは明白です。各都市にロシア軍司令部が設置され、住民の移動規制も始まっています」
沈黙が落ちた。
沢渡結衣は、膝に置いたファイルを開き、低い声で続けた。
「総理。台湾情勢について。中国軍が休戦協定を破り、花蓮・台東正面に再侵攻。台湾陸軍第八軍団は大損害。陸自派遣部隊が合同で防御を継続中ですが、弾薬も人員も限界に近い」
榊原は眉を寄せた。
「持ち堪えているのか」
「紙一重です。第七艦隊が空母群を投入し、米海兵隊のMEUが蘇澳に上陸しました。ただ補給が遅滞し、制空権も不安定です」
財務官僚が苛立ちを隠さず割り込んだ。
「国内はどうする。首都圏は瓦礫と避難民で溢れ、電力も食料も医療も足りない。台湾へ資源を振り向ける余裕などない!」
防衛大臣が机を叩いた。
「台湾を失えば南西防衛線が瓦解する! 石垣・宮古が一夜で射程に入る!」
声が交錯し、会議室は騒然となった。
榊原は両手を上げ、静かに制した。
「……まずは情勢全体を把握する。次に議論だ」
重い空気が、地下に沈んだ。
 




