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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

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第80章 分岐世界 SLSC 設置



分岐世界 2026年7月、相模湾沖。

全長210メートルの巨大建設船〈白鳳改〉は、洋上に静止していた。

甲板中央には、白い断熱パネルに覆われた直径20メートルの円環モジュールが固定されている。これがSLSCユニット、16基の超伝導電磁石を収めた中枢構造体だ。


「潮流は0.6ノット、海況安定。」

船橋の管制士が報告する。

この作業の成否は、海の機嫌に左右される。深度6000メートルの深海に数百トンの構造物を降ろすには、ミリ単位の精度が要求された。


艦尾から、ダイナミックポジショニング(DP)システムのプロペラが低く唸る。GPSと慣性航法装置がリアルタイムで船体位置を補正し、〈白鳳改〉を一点に留めていた。


甲板では、作業員たちがアンビリカルケーブルを確認していた。

厚さ10センチの多層ケーブルの中には、

•超伝導コイルへの高圧直流電力線(5万ボルト)、

•光ファイバーによる量子センサー信号、

•ROVへの操作ライン、

が一体化されている。


「緊急時には切断可能。切り離し信号テスト、よし。」

主任技師の声に、全員が頷く。


モジュールはクレーンに吊られ、ゆっくりと海面に浮かんだ。

その姿はまるで人工衛星を逆さにしたようだった。

「降下開始——」

ウィンチのブレーキが解かれ、数百トンの構造体が波間に沈む。


同時に、ROV〈かいこうX〉が投下された。

推進スラスターを吹かし、海中を潜降していく。4Kカメラが映し出すのは、次第に薄暗くなる水柱。水深1000mを越えると光は完全に失われ、画面はライトに照らされた白い粒子の世界となる。


「水深3000m通過。潮流安定。」

「……異常なし。続行。」


降下開始から4時間後。

計器が「6000m」の数字を示す。

ROVのライトに、黒々とした断層崖が浮かび上がった。傾斜角45度、岩肌には堆積泥が薄く積もり、ところどころにマンガンクラストが露出している。


「着底地点確認。基盤は花崗岩層、支持力十分。」

地質技師の報告に、船橋の緊張が一気に高まった。


〈白鳳改〉の制御室。

大型モニターには、ROVが撮影する海底の映像が映し出される。

そこに、円環モジュールがゆっくりと降下してくる。揺れを抑えるため、四隅からテンションラインが伸び、ROVが推進スラスターで姿勢を微調整する。


「接地まで3メートル……2……1……」

やがて、巨体が海底に触れた。

濁流が舞い上がり、カメラ映像が白く霞む。


数秒後——

「安定着底確認。」

制御室に拍手はなかった。誰もが、この瞬間の意味を理解していたからだ。


続いてアンカー打設作業に移る。

ROVのアームが、長さ12メートルのチタン合金杭を掴む。

油圧ハンマーを駆動し、地盤に杭を打ち込む。

「アンカー1、固定完了。耐荷重試験、5MN通過。」

一本、また一本と杭が突き立てられ、円環モジュールは海底に固定されていく。


最終的に16本のアンカーが設置され、ユニットは地殻に抱きつくように安定した。


最後の工程は電力ケーブル接続だった。

ROVが多芯コネクタを慎重に操作し、ユニットの受電ポートに嵌め込む。

「接続良好、電圧チェック……問題なし。」


その瞬間、深海の暗闇に、かすかな光が走った。

超伝導コイルが励磁を開始し、数テスラ級の磁場が形成される。

周囲の堆積泥が微細に振動し、センサーは0.01Hzの低周波ノイズを記録した。


「予定通りだ。断層が“応答”している。」

志摩博士の声は震えていた。


甲板に戻った作業員たちは、誰も声を発しなかった。

彼らがいま成し遂げたのは、単なる設置工事ではない。

地震を人間の手で制御しようとする、歴史上初めての試みだった。


〈白鳳改〉の艦尾で、夏の夜風が吹き抜ける。

その下、6000メートルの暗闇で、SLSCは静かに稼働を始めていた。


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