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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

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第79章 黒い箱


05:54 JST/相模湾沖・水深6,300メートル


露出したフレームの奥、泥に噛まれた影が徐々に輪郭を現していった。

それは岩塊ではなかった。均一な直方体の形状、エッジが直角を保ち、泥に覆われながらも黒い表面が反射している。


藤堂真理が息を呑む。

「……人工物。間違いない」


渡辺亮がコンソールの表示を凝視した。

「サイズ、約40センチ×25センチ×15センチ。密閉ケースか……? いや、構造体のコア部分かもしれない」


「金属光沢じゃないな。表面コーティングか、複合材か……」

村瀬航平が呟きながら操縦桿を操作する。艇の右マニピュレータがフレーム縁に沿って泥を掻き出す。吸引サンプラが粒子を吸い込み、濁りが少しずつ薄れていく。


ライトが直撃すると、表面にかすかに刻印のような痕跡が浮かび上がった。

だが泥と傷に覆われ、判別はできない。



酸素残量表示は10時間を切っていた。

電池残量は警告域。

それでも藤堂の目はギラついていた。


「——この深さに、なぜこんなものが?」


誰も答えられない。

だが彼女の脳は既に次のステップを描いていた。


「取り出す。内部にデータがあるかもしれない」


「博士!」渡辺が制止する。

「浮上系が死んでる今、電力を余計に使えば——」


「わかってる。それでも、今しかないのよ」


声は低いが固かった。

その言葉に、村瀬が静かに頷いた。


「……やろう」



二本のマニピュレータが交互に動く。

右腕で泥を削り、左腕で吸引ノズルを当てる。

斜面は粘土質の堆積泥で、スラスターを強く吹かせば容易に視界が潰れる。

村瀬は操縦桿を最小限に刻み、慎重に腕を滑らせた。


数分後、箱の周囲が六割ほど露出した。

角が鋭角を保ち、側面には取っ手状の窪みが見えた。

さらにボルト穴らしき円痕が等間隔に並んでいる。


「……やっぱり取り外し可能なユニットだ」

藤堂が呟く。

「これは偶然埋まった残骸じゃない。“設置”されていた機器の一部よ」


渡辺が青ざめた顔で言う。

「誰が、いつ、何のために……?」


答えはなかった。

代わりに藤堂が短く命じた。

「——グリッパで掴んで」



村瀬は深呼吸し、右マニピュレータのグリッパを開く。

黒い箱の側面をそっと挟み込み、荷重センサーを見ながら力を加える。


「反応……ある。固着してる。泥が噛んでるな」


「トルク+5%。——引いて」

藤堂が即座に指示する。


マニピュレータの関節がわずかに軋み、泥が渋い音を立てた。

視界の中で、黒い箱がミリ単位で揺れた。


「動いた!」

渡辺が叫ぶ。


「周期的に。揺すって緩める」

村瀬は操縦桿を小刻みに動かし、0.02Hz——深部低周波地震と同じ帯域の揺れを人工的に与える。

数分かけて繰り返すと、箱はゆっくりと姿勢を変え、ついに泥から抜け出した。


ライトに照らされたそれは、間違いなく完全な人工ユニットだった。


確保


「……やった」

藤堂は震える声で呟いた。


箱を掴んだグリッパを慎重に後退させ、艇外のサンプルバスケットへ移動する。

村瀬がラッチを開け、慎重に納める。

二重ロックが噛み、確保の電子音が鳴った。


藤堂はすぐにログを打ち込む。

「観測ログ:未知の人工物体を回収。形状は黒色直方体、寸法40×25×15cm。表面に不明刻印、側面に取っ手様窪みあり。腐食なし。——以上」


彼女の指は震えていたが、その震えは恐怖ではなく昂揚の産物だった。

た。


〈しんかい6500〉は墓標のように海底に座し、未知の箱を抱えながら、静かに次の瞬間を待っていた。



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