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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

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第73章 摩擦と連携


艦首区画の仮設ICUは、もう人で埋め尽くされていた。

ストレッチャーが並ぶ通路をかろうじて残し、酸素マスクの吐息と輸液ポンプの電子音が重なり合う。

蒼井惟人・二等海尉は砲術副主任としての仕事を忘れ、酸素ボンベ残量と血液在庫リストを繰り返し確認していた。


「この輸血、もうすぐ尽きるぞ。」

声を上げたのは自衛隊医官の一人、佐伯三等陸佐だった。

野戦医療の経験はあるが、戦闘外傷に関しては訓練レベル。輸血バッグを持ち上げながら、焦りを隠せずにいる。


「O陰性は基地にも在庫がない。補給は米軍から空輸を待つしかない。」

横で冷静に告げたのは民間の救急医、国立病院の外傷外科医・片山だった。

白衣の袖をまくり、手袋の上から血で汚れたカテーテルを引き抜いている。

「足りない血を待っている間に患者は死ぬ。生理食塩水で“延命”するな、必ず濃厚赤血球で回せ。」

自衛隊医官は顔をしかめた。

「言われなくてもわかっている。しかし法的に、台湾の避難民への輸血は“人道的支援”扱いで、指揮権限が曖昧だ。」


「人道的? ここに横たわっている人間に国籍は関係ない!」

片山の声が艦内に響いた。周囲で作業していた看護官や衛生員が一瞬手を止める。

蒼井も息を詰めた。――確かに、艦の規則と現実は正面衝突していた。


その時、避難民の母親が声を張り上げた。

「お願いします、この子を助けてください!」

胸を押さえた少年が、荒い呼吸のまま母親の腕に抱かれていた。

佐伯医官が応急処置を試みるが、胸部外傷は手に余る。

片山は一瞬で判断を下した。

「胸腔ドレーン、サイズ28、すぐに!」

「ここでやるのか?」

佐伯の問いに、片山は顔を上げて答えた。

「病院はもう存在しない。ここが病院だ。」


一拍の沈黙ののち、佐伯は頷いた。器具を渡し、吸引器のスイッチを入れる。

金属音が響き、少年の胸に管が通される。しばらくして空気が抜け、呼吸がわずかに安定した。

母親が泣き崩れ、周囲に一瞬だけ安堵が広がる。


蒼井はその光景を見ながら、心臓を握りつぶされるような感覚に襲われていた。

――大和は、砲を沈黙させたまま、血と呼吸の戦場になっている。


夕刻、艦橋の会議スペースに臨時の調整卓が設けられた。

副長を中心に、自衛隊医官、民間医師、看護師代表が円卓を囲む。蒼井も砲術副主任としてではなく「補給調整役」として席に着かされていた。


「輸血在庫、あと十八時間分。」

「ICU稼働率九十パーセント。人工呼吸器は残り二台。」

「仮設陰圧病室は満床。感染疑い患者をこれ以上収容すると艦内が危険です。」


報告が重ねられるたびに、卓上に置かれたマップの上の赤マーカーが増えていく。

片山が苛立ちを隠さず言った。

「この状況で“制度”を持ち出すのは愚かだ。誰が救えるか、誰を優先するか、それだけを決めろ。」


佐伯は眉間に皺を寄せた。

「我々には任務と規律がある。自衛隊医官として、治療対象に制約があるのは事実だ。」

「規律で患者を死なせるのか?」

片山が反射的に返す。

空気が一瞬、凍りついた。


副長が低い声で割って入る。

「いいか。ここは戦場だ。だが同時に東京で唯一の病院でもある。互いの立場を理解した上で、命を救うことを最優先にする。――それが司令部の指示だ。」

蒼井は息を吐き、卓の端に視線を落とした。

マップの緑の航路“BLUE LANE”が、わずかに歪んで光っている。あの線を繋ぐことが、自分に残された役目だ。


「こちら横田。米国病院船“マーシー”は予定通り出港。到着まで七日。――それまで《大和》が東京の医療機能を維持せよ。」


蒼井は深く息を吐いた。

――七日間。この艦は砲火ではなく、血と息を繋ぐことで戦い続ける。

そして、その七日間をどう生き延びるかが、東京全体の命運を握っているのだった。



•民間医師(片山)と自衛隊医官(佐伯)の摩擦と協働

•臨時会議での葛藤と妥協

•蒼井の視点での二重性への自覚


次の第3章では、**米国病院船到着直前の転換点(役割交代、緊張の頂点)**を描けます。

→ 続けて第3章を書きましょうか?

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