第65章 前線・ロール1
砲撃は一瞬で谷を揺さぶった。鉄片が空を裂き、土砂が降り注ぐ。花蓮郊外の農道に展開していた自衛隊小隊も、米海兵隊分隊も、同じ爆風に巻き込まれた。
青木遼伍長は、耳鳴りに包まれながら顔を上げた。煙の向こうで誰かが倒れている。脚が、膝から下ごと失われていた。
「伍長!助けてくれ!」
仲間の叫びに青木は駆け寄り、ポーチから三角巾を引き抜いた。手が震え、うまく結び目が作れない。布は血で一瞬にして真紅に染まり、流れは止まらない。
「おい、日本のメディックか!」
背後から英語混じりの声が飛んだ。米軍のCombat Medic、マーク・ライベンスキー二等軍曹が駆け込んできた。
「Tourniquet!止血帯を巻け、早く!」
青木は腰のポーチに触れた。そこにCAT止血帯がある。しかし訓練で「最終手段」と教えられた記憶が頭を縛る。締め上げれば脚は壊死する――仲間を殺すことになるのではないか。恐怖で指が動かない。
ライベンスキーは青木を一瞥すると、自分の兵士に走った。左腕から鮮血を噴き出す若い兵士が呻いている。
「Hold still!」彼は叫びながら、片手でCATを巻き、もう片手でロッドをねじ切った。悲鳴が上がるが、出血は止まった。
すぐに胸を開け、防弾チョッキの下を確認する。「Shit, sucking chest wound.」と呟き、胸部シールをポンと貼り付ける。
青木は必死に布を重ねるが、仲間の太腿からはなおも血が噴き続ける。
「締めろ!」ライベンスキーが振り返り、叫んだ。「迷うな、腕でも脚でも、血が噴いたら締めるんだ!」
青木は止血帯を取り出した。ロッドを腿に回し、強く締める――だが力が足りず、汗で滑る。仲間は白い顔で息を荒げ、目は虚ろに空を見つめていた。
「Let me!」ライベンスキーが駆け寄り、青木の手を押さえながら一気にロッドを回した。バキリと硬い音がして、血の流れが止まる。
「See? It’s not about saving the leg, it’s about saving the man.」
青木は頷けなかった。ただ仲間の手を握りしめた。
その間にも無線が飛び交い、米軍の負傷兵は担架に乗せられた。ライベンスキーは胸を叩きながら兵士に声を掛ける。
「Stay with me. Bird’s coming.」
遠くでブラックホークのローター音が聞こえた。
青木は、自分の手が震え続けているのに気づいた。目の前の仲間の顔色は戻らない。止血が遅すぎたのだ。
「……俺は、間違えたのか」
掠れた声が口をついた。
ライベンスキーは短く青木を見た。
「戦場じゃ、迷う秒が命を奪う。俺たちはそう叩き込まれてきた。」
言葉は冷たいが、その目には同じ血と泥を知る者の哀しみが宿っていた。
砲撃の余震が遠ざかる中、二人のメディックは、それぞれの訓練と文化が生死を分けた現実を前に立ち尽くしていた。




