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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

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第58章 闇の中の灯



11月13日 午後6時半。

日が沈むと、街はあっという間に闇に呑まれた。電力網は崩壊したまま、街灯はすべて死んでいる。新宿駅西口の広場は人影だけが蠢き、足音と低い声だけが響いていた。


野間は神田川沿いを歩いていた。欄干に並べられた蝋燭の炎が、風に揺れては消え、誰かが慌ててライターで火を戻す。蝋燭は一つずつペットボトルの底に立てられ、即席のランタンにされていた。道を照らすというより、そこに「人がいる」と知らせる印のようだった。


川辺の広場に二十人ほどの男たちが集まっていた。作業服やジャージ姿、手には懐中電灯や鉄パイプ。腕章に「見回り」と書かれた白布を巻いた者もいる。

「昨日、秋葉原の倉庫がやられた。食料と乾電池が根こそぎ持ってかれた」

リーダー格の男が低い声で言う。

「警察に言っても、手が回らないだろう。だったら俺らで見張るしかない」

野間は人混みの外からその光景を記録した。言葉は短く、無駄がない。


ひとりの若者が近寄り、鉄パイプを振りながら笑った。

「おじさん、記者? ならちゃんと書いといてよ。俺らが盗みに入ってるんじゃなく、盗まれる側を守ってるって」

笑顔は冗談めいていたが、目は鋭かった。


野間はノートを開き、青年の言葉をそのまま書いた。鉛筆の先が震えているのは寒さか緊張か分からない。


夜七時、靖国通りの小さな商店街を通りかかると、壊れたシャッターの前で騒ぎが起きていた。二人の若者が段ボール箱を抱えようとして、店主らしき老人と揉み合っていた。

「俺のだ! 返せ!」

老人の声はかすれていたが必死だった。若者の一人が怒鳴る。

「食わなきゃ死ぬんだ! あんたはもう動けないだろ!」

人だかりができた。誰も止められず、ただ見ている。やがて自警団の数人が走り込んで若者を押さえつけ、段ボールを取り返した。中身は乾麺と缶詰だった。


「明日からは店の前に見張りを置く」

リーダー格の男が言い、周囲にいる者たちが頷いた。だが、野間の目にはその場に漂う不安の方が濃く映った。守る者と奪う者の境界は、状況が少し変われば簡単に入れ替わる。


夜八時。野間は再び避難所の小学校へ戻った。体育館の入口には墨汁で書かれたルールの紙が貼られ、その下に「夜間見回り 募集中」と赤い文字が追加されていた。既に数人が列を作り、懐中電灯や木の棒を受け取っていた。


中に入ると、床に広がる人々は毛布にくるまり、暗闇に沈んでいた。蝋燭の灯が点々と揺れ、咳の音と子どもの泣き声が混じる。空気は酸っぱく、外気の煤と汗が重なり、呼吸が浅くなる。


「もう外に出るな」

年配の男性が、若者にそう言った。

「火事場泥棒が出る。女や子どもは狙われやすい」

声は抑えていたが、体育館の隅まで届いた。人々の間に重苦しい沈黙が落ちる。


野間はステージ袖に座り、ノートを膝に広げた。外で見た自警団、商店街の揉み合い、避難所の募集中の紙、すべてを書き留める。言葉を飾らず、ただ時刻と場面と声。


夜九時を過ぎると、校門が閉められた。外から扉を叩く音がしばらく続き、やがて静かになった。誰が叩いていたのかは分からない。


野間はペンを止め、深呼吸した。蝋燭の炎が小さく揺れる。耳を澄ますと、遠くで犬の吠える声、誰かの足音、そして川辺で鉄パイプを打ち鳴らす音が重なって聞こえた。


東京の夜は、闇と恐怖と、わずかな灯で繋ぎとめられていた。


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