第37章 深海の誓い:五分の勝機を掴め
沖縄の第32軍司令部地下壕での緊急会議を終え、「いずも」へと戻った片倉大佐は、そうりゅう型潜水艦「そうりゅう」艦長、竹中二等海佐に対し、本土への原爆投下阻止任務を指示した。「目標は米重巡洋艦インディアナポリス。史実において原爆輸送を実行した艦だ」と片倉は告げた。
竹中二等海佐は片倉の指示を無言で受領した。その眼差しは、与えられた任務の重圧を冷静に測る、常と変わらぬものであった。「司令、インディアナポリスは、テニアン島から原爆を輸送後、帰路で伊58によって撃沈された記録があります。しかし、今回は搭載中の阻止。米軍が最厳重な護衛を付すであろう最重要目標です」。
片倉はこれに同意した。「承知している。多数の対潜艦艇による護衛は確実だ。貴艦の燃料残量では、攻撃成功後の沖縄への帰還は五分五分となる」。
竹中二等海佐は静かに応答した。「この任務は無謀ではない。五分の勝機があれば、実行する。人類の未来に影響を与えるこの局面において、我々が介入すべきと判断する」。
竹中二等海佐は敬礼し、指令室を後にした。
「そうりゅう」指令室。竹中二等海佐(艦長)の前に、深町洋二二佐(副長)、石倉(先任伍長、ソナー員)、佐久間(機関科先任曹長、機関長)が整列した。指令室内の照明は最小限に絞られ、任務の厳粛さを際立たせていた。
竹中艦長は、静かに、しかし明確な口調で任務の概要を伝達した。「本艦に課せられた任務は、約一週間後にテニアン島を出航する米海軍重巡洋艦インディアナポリスの撃沈である。同艦は日本本土の四都市に投下される予定の原子爆弾を搭載する」。
深町副長が冷静に補足した。「インディアナポリスは単独航行ではない。多数の対潜艦艇による厳重な護衛下にあると推測される。本艦の燃料残量では、作戦成功後の帰投が保証される状況ではない」。
石倉先任伍長(ソナー員)が率直に問うた。「艦長、成功の可能性は?」
竹中艦長は石倉の問いに答えた。「可能性は未知数。しかし、本任務の成功は、数百万の日本国民の生命を救済する。この一点において、本艦がこの時代に存在する意義があると確信している」。
佐久間機関科先任曹長(機関長)が前に出た。「艦長、本職は本任務を遂行する。機関部は、いかなる状況下においても本艦の推進力を維持する」
石倉先任伍長(ソナー員)も続いた。「本職も任務に就く。ソナーは本艦の耳である。目標を確実に探知する」
竹中艦長は、両名の覚悟を確認した後、深町副長に視線を向けた。
「本任務は志願制とする。志願者の中から必要最低限の人員を選抜する。
各員、現状を冷静に判断し、自らの判断で志願の有無を決定せよ。ただし、志願した者は、任務完遂への覚悟を要する。我々は、この海域において、最後の、そして決定的な交戦に臨む」
指令室に沈黙が支配した。
「出港後、マリアナ諸島東方海域にて、伊号第五十八潜水艦との洋上会合を実施する。本艦の高性能ソナーとAIPシステムにより、目標の発見と長時間の追跡が可能となる。貴艦らは、伊58の魚雷と連携し、確実に目標を撃沈する。そうりゅうは『目』となり、伊58は『牙』となる」。
竹中艦長は、静かに付け加えた。
そうりゅう艦内では一週間後の出港に向け、最終的な整備と準備が、静かに開始された。