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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7
863/2460

第36章 〈しんかい6500:深海の報せ〉


艇内に低い唸りだけが響いていた。圧力殻の外は水深6000メートルの暗闇。観測データと格闘していた藤堂真理の耳に、突然、ヘッドセット越しのノイズ混じりの声が飛び込んできた。


「……こちら〈よこすか〉……緊急……東京が……攻撃を受けている。北朝鮮……弾道ミサイル着弾……繰り返す……」


藤堂は息を呑み、言葉を失った。

「……なんですって?」


渡辺亮が顔を上げ、あり得ないとでも言いたげに目を見開く。

「東京に……弾道ミサイル? まさか……」


操縦席の村瀬航平は、パネルに手を伸ばし、母船との通信をクリアにしようと周波数を調整した。軍用機での経験から、危機時にはまず情報の確定だと知っている。だが、ノイズの奥から聞こえる言葉は変わらなかった。


「東京……複数の着弾……政府機能、一部壊滅……至急浮上、帰還を……」


静寂が、圧力よりも重く艇内を押し潰した。


村瀬は短く息を吐き、冷徹な声を発した。

「緊急浮上だ。ここに留まる意味はない」


藤堂はまだ計器を握ったまま動けずにいた。

「でも……データが……この兆候は……」


「博士!」村瀬の声が鋭く響いた。「地震より今は首都の壊滅だ。深海にデータを残しても意味はない」


渡辺が震える指でモニタを閉じ、うなずいた。

「藤堂さん、僕らがここで死んだら何も残らない。生還して、今の観測を報告するしかない」


藤堂は硬く目を閉じ、決意の吐息を漏らした。

「……わかった。浮上手順に入って」


村瀬は操縦桿を握り直し、緊急浮上モードに切り替えた。

油圧音が低く唸り、浮力調整タンクからバラスト鉄が放出される。艇体がわずかに震え、浮上を始める。


「浮上開始、上昇速度0.8メートル毎秒。予定より速いが……許容範囲内」村瀬が冷静に報告する。


しかし、深海からの浮上は単純ではなかった。急激な上昇は耐圧殻に異常な応力を与え、計器に微細な歪みが表示される。


「応力センサー、閾値ぎりぎり……」渡辺が読み上げる。

「持つの?」


「持たせるんだ」村瀬は低く答えた。


艇は暗黒の水柱を切り裂きながら、わずかに傾きつつ上昇を続ける。窓の外には、光に舞う懸濁粒子が流星のように後方へと散っていった。


藤堂はまだ震える声で呟いた。

「東京が……もし壊滅したのなら、私たちの役割は……」


「博士」村瀬が短く遮った。「生き残ることが役割だ。まずはそれだけだ」


母船から再び断片的な声が届いた。

「……首都圏……壊滅的……国防総省……全艦隊……」


渡辺が唇を噛み、操作ログに書き込む。

「これ以上聞いてたら正気を失いそうだ」


村瀬は視線を前に固定し、声を低くした。

「俺たちは潜っていた。だが、戻ったときには世界が変わっているかもしれない」


艇体は、圧倒的な水圧を背負いながら、少しずつ、だが確実に光のある方角へと浮上していった。


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