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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7
858/2554

第31章 失われた輪郭


靖国通りを東へ。神保町交差点を越えた先。

野間は、半壊した「ミズノ書店」跡で、ひときわ目を引く人影に気づいた。


老婦人だった。


くすんだエンジのカーディガンに、化繊のスカート。

左足を少し引きずりながら、路上に散らばった本を、ひとつひとつ拾い集めている。

その手には、破れかけたビニール袋。

印刷されたロゴがかすかに読めた。「中公文庫 創刊50周年記念」。


焦げた『坂の上の雲』を胸に抱えながら、婦人はぽつりと呟いた。


「これね、うちの夫が……初版本だったの。家が、もう……全部焼けてしまって……」


虚ろな目は、どこも見ていなかった。


野間は声をかけなかった。

代わりに、シャッターを一度だけ切った。



すぐ近くの歩道に、30代と思しき男性が座り込んでいた。

額から血が滲み、片手にはスマートフォンを握っている。


画面はひび割れていたが、LINEの通知は止まらず表示されていた。


「……“既読”が、つかないんですよ」


男はつぶやいた。


画面には、「妻」「母」「職場」の名前。

送信済みのメッセージの下で、既読マークだけが、ずっと空白のままだった。


「届いてるのかも、もう……わからなくて」


男は顔を上げなかった。鼻から血が垂れていても、それにすら気づかない。

ただ、通信の届かない世界で、壊れかけの画面を見つめ続けていた。



さらに数メートル先。

崩れた「BISTRO S」の前。


ゴミ箱の陰で、若い女性が子どもを抱きかかえていた。

スウェット姿。ボサボサの髪。左手首には保育園の入館バンド。


「……もう、大丈夫だからね。お母さん、ここにいるよ。ちゃんと、いるから……」


声は震えていた。目は、誰かを探していた。


野間と視線が合った。


「……見てないですか? 灰色のリュックを背負った子。園児服のままで……さっきまで、いたんです」


言葉の途中で、声がかすれた。



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