表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

849/3588

第22章 空白の10秒

夜を貫くもの


――2027年11月12日 午前4時03分/東京都千代田区・某雑誌社ビル5階


野間遼介は、靴を履いたままソファーベッドに沈んでいた。

午前3時すぎ、「従軍記者が見た、石垣島の大和防衛戦の詳細について」」の記事を書き終えた直後だった。

台湾戦線の現地ルポはようやく文字となり、彼の脳は思考を絞り出しきった果てに、強制的なシャットダウンに入っていた。


室内は薄暗く、窓のカーテンの隙間から、東京の夜景の残照が微かに滲んでいた。

スマートフォンの電源は切ってある。通知に眠りを妨げられるのが嫌だった。

電波の届く場所では、社会はうるさい。だから眠るときだけは、情報を切る。それが野間のルールだった。


脇の床には開きっぱなしのノートPC。転がったボイスレコーダー。

壁際の棚には台湾で使った防塵マスクとミリタリーポーチ。戦地の名残が、日常の空間に沈殿している。


そのときだった。


耳の奥を、細くて不快な、人工的なサイレン音が突き抜けた。


「……え?」


夢かと思った。過去に聞いた空襲警報や災害訓練の記憶が、混濁した意識のなかで再生されたのだと。

それよりもソファの固さや、首元に擦れるジャケットの襟の感触のほうが現実的だった。


だが数秒後――**“大気が爆ぜるような音”**が、ビル全体を貫いた。


床が鳴った。

地震ではない。建物が軋んだのではない。下から“突き上げられた”のだ。


ガラス戸の軋み、プリンターの転倒音、壁の額が落ち、何かが破裂するような音に混じって、外から鋭い光が差し込んできた。


反射的に野間は跳ね起きた。靴を履いたままだったため、すぐ立てた。

目を開けた瞬間、部屋の奥の壁が白く光っていた。電灯ではない。窓の向こうから射し込む異質な光。


そして数センチ浮いたような感覚のあと、音が遅れて爆発の衝撃が押し寄せた。


「……っ、何だ……?」


右耳が一瞬、聞こえなくなった。

床に倒れたモニターがスパークを上げ、天井のLED照明が「パンッ」と弾けた。

直後に訪れたのは――完全な沈黙だった。


電気が、死んでいた。


野間はようやくスマホの電源を入れた。だが圏外。Wi-Fiも繋がらない。ルーターすら応答しない。

再起動しても、変わらない。


「地震じゃない……空襲か? まさか……核……?」


言葉にならなかった。

10秒前まで「社会」の外にいた人間の脳は、まだ現実に追いついていない。

だが閃光と揺れの中心――霞ヶ関だと、直感した。


野間は窓辺へ駆けた。

御茶ノ水の雑居ビルから南西方向を見下ろすと、濁った光の柱が空へ伸びていた。

けれどその光は、街には差していなかった。


空は白んでいるのに、街路が暗い。

タワービルも、自販機も、コンビニも、すべて沈黙している。

東京という巨大な都市の心臓が、止まっていた。


その瞬間、野間の中で何かが切り替わった。


記者としての身体が、動き始めた。


防塵マスク、録音機、紙ノート、予備バッテリー、鉛シートで保護された端末。

必要なものをすべて防水バッグに詰め込む。

バッテリー残量も確認せず、ミラーレスカメラを鞄に突っ込む。


カーテンをかき分け、ビルを出るルートを視線で追う。


この雑誌社のビルは鉄筋5階建て。エレベーターは使えない。

階段を駆け下りる途中、2階の印刷室でコピー用紙が舞い散り、火災報知器が鳴っていないことに気づいた。


「センサーも……死んでる?」


最悪のシナリオが脳裏をよぎる。EMP――電磁パルス攻撃。

通信も発電も制御系も、電子回路を一斉に沈黙させる“電子の兵器”。

しかもそれが使われるなら、通常弾頭ではない。


靴音が階段に響く。だが、息は切れない。

今はまだ、自分の心臓の鼓動すら意識に上ってこない。


――そして、ビルの玄関ドアを開けた瞬間。

冷たい晩秋の風が顔にぶつかり、野間は理解した。


東京は、攻撃された。


だがまだ、誰も何も知らない。

報道もない。ネットも沈黙している。


今この瞬間、記録者は自分だと――野間は静かに、確信していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ