表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン7

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

831/2664

第4章 暁の閃光:大友遥人の視界


04:29 JST


日本海北部、清津沖75km・米補給艦《USNS Walter S. Diehl》船上




大友遥人は、こわばった手で双眼鏡のフレームを握っていた。灰色の海を冷たい朝風が叩きつけ、補給艦の甲板には氷粒のような霧が吹き溜まる。


その瞬間だった。


「……あれを、見てください」


艦橋上の通信兵が呻くように呟いた。北の水平線、薄明の蒼い地平線の彼方に、一筋の炎が上る。それは夜空を貫く“血の針”*だった。続いて二筋、三筋、四、五、六——。


「発射確認……ミサイル複数、種別識別中!」


無線が鳴き叫ぶように咆哮し、CIC(戦闘情報中枢)の声が甲板まで届いた。大友は双眼鏡を覗き込む。微光増幅モードが、暗い大気のなかに火柱を浮かび上がらせた。それは、まさしく“地の裂け目から生えた光”だった。


ロケットではない。弾道ミサイル——それも、核戦争を想定した飽和発射だ。ひとつではない。全方位、同時刻。全兵科、全射線。これは**「終末戦術」**のシグネチャだった。


彼の肉眼でもはっきりと見えた。巨大な白煙が、北朝鮮の複数の地点から巻き上がっている。東海岸の清津、咸興、元山。移動型のTEL(移動式発射機)は林地の隙間から突き出し、発射後は焼き焦げた舗装を残して消えていく。陸上サイロは開口部が炎で満ち、そのたびに地面が数秒間、赤く光った。


「SLBM確認!方位1-8-9、距離60km、水柱上昇!」


背後から怒声が飛ぶ。大友が振り返った瞬間、海上に巨大な白いドーム状の蒸気雲が現れた。潜航状態から発射された潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)が、音速を超えるスピードで水面を割ったのだ。水柱が数十メートルまで吹き上がり、直後、そこから垂直に赤い尾を引くミサイルが立ち昇る。


「艇種は不明!可能性:‘Sinpo-C’型、または改良‘Romeo’クラス!」


CICの分析官の声に、背筋が凍りつく。彼の周囲では、補給艦の乗員たちが悲鳴を押し殺し、CICからの“フェーズ移行”コマンドを待っていた。この船に積まれているのはミサイルでもレーダーでもない。**燃料と食料と応急修理資材——“命の延命装置”**だ。彼らは、ただ見ることしかできなかった。


そして、爆発的な閃光が視界を白く染めた。


「西方向、移動型TELから発射。機種、火星13C、推定射程:11000km!」


「照準ベクトルが日本本土……関東、東京——」


言い終わる前に、さらに10発以上の発射が重なった。空が、裂けた。大友は、上空に無数の白い筋道が形成されていくのを見た。まるで空そのものが、**“弓を絞られた獣”**のように唸っていた。発射されたミサイルは、第二段ブースターの切り離しフェーズに入り、高高度大気圏へと急上昇していく。


「数は……?」


誰かが震える声で問う。CICから返った答えは冷酷だった。「確認済発射数、地上固定型:24、地上移動型:33、SLBM:18……総数、75発超過。さらに追加波を検知。最終想定、100発規模。」


沈黙が甲板に広がった。この沈黙は恐怖ではなかった。理解だった。


「艦長、迎撃は?」


「……我々には、ない」


副長の声は乾いていた。米本土、グアム、日本本土、ハワイ——あらゆる弾道防衛網が作動するだろう。だが、それはここではない。この船はただの影だ。


大友は、震えを抑えながら録音端末を回した。「——こちら、大友遥人。目視での記録を続行中。北朝鮮の全兵器体系からの、複合的飽和ミサイル攻撃を確認……」彼の声は淡々としていた。


「目標は、明確だ。東京。この空が、それを示している」


ふと、彼の頬に冷たいものが触れた。霧ではなかった。空から降る微細な燃焼残滓——未燃化合物、微粒の黒煙、そして爆轟波の余熱を孕んだ風。


彼は、空を見上げた。青白く染まりかけた東の空に、まだ“夜”があった。だが、その夜は核の火によって、光に引き裂かれつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ